先輩の本気
佐和ちゃんが圭吾のことを名前で呼ぶようになった経緯話。
圭吾1年、佐和ちゃんは2年生です。意外と圭吾さんは問題児だった事が判明。
「カッシー今日誕生日だって?おめでとう」
「はい!ありがとうございます!」
部室の片隅でさっきから繰り返される会話。
休みんだ記憶なんてまるでない「夏休み」が終わった直後の9月4日――どうやら今日は柏の誕生日らしい。
自分から宣言し、話していた会話を聞いていた部員達が次々に柏にお祝いの言葉を贈っていた。
「……」
アイツからは俺に何も言ってこないが、時折気が付いて欲しそうに着替えをしている俺の方をチラチラと視線を送っているのには気が付いていた。
気づいてないフリをしているけど。
言いたいの我慢しているのバレバレなんだよ。
「……おい、柏」
「はい!」
声をかけると柏は嬉しそうな声と、期待に満ちた瞳を向けた。
「しゃべってねーで、着替え終わったら早くグランド行けよ」
しかしそっちが言わないなら、俺からは何も言わない。
そういう察して欲しい的な感じ、俺は好きじゃないんで。
「……はい」
うわー、あからさまにガッカリしてる。
しょぼんうなだれながら、柏は部室を出て行った。
「おい、佐和」
柏が出て行くと、隣で着替えていた東海文人が肘をつんつんと小突いてきた。
「何?」
「カッシー、今日誕生日なんだってさ。お前聞こえてたろ?」
「聞こえてたけど」
「普段色々してくれてるんだからさー、おめでとうくらい言ってやれよ」
柏に同情したのか、文人がそう言い出した。
柏は入学も入部も俺を追って来たんだと言い、以来何もなくてもずっと俺の側にくっ付いている。
盲目的に慕ってくれているので、最初は可愛い後輩だと思っていたけれど、常に――ほんとにストーカーかと思うくらい気が付けばいつでも側にいるので、正直うざいと思うこともしょっちゅうだ。
「言ってほしそうな期待してる目で見られるとさー、逆に言いたくなくなるんだよな」
だからたまに意地悪をしたくなる時がある。それが今なのだ。
「ほんとお前って天邪鬼だなー。カッシーかなり頑張ってるじゃん。最初はどーなるかと思ったけど」
「相手がお前だし、キャッチは初心者だってゆーし、一ヶ月持つかなって思ったけど」
「ホントだよ。いい加減さカッシーの努力認めてやれよ。あんだけ慕ってくれるなんて可愛いじゃねーか」
植田まで参加して、東海と交互に何故か俺に文句を言う。
こいつらはなんでそんなにアイツのかたを持つんだよ。関係ねーじゃん。
それに。
「別に認めてねぇわけじゃねーよ」
認めてないと誰が言った。
「佐和さんの球捕りたいと思って喜多川に来ました!」って言われて感動したが、実は捕手は初心者で今までずっとピッチャーだったと知った時は、期待していた分ひどく落胆した。
キラキラした目で入部してきた本人を前に「無理だろ」とも言えず、「頑張れ」とは言ったが、初心者に簡単に捕れる球だと思われているようでムカついたし、正直どうせ途中ですぐ投げ出すと思っていた。
そんな予想をアイツはいい意味で裏切った。
捕手には誰も期待していなかったので、柏は経験のある投手として練習メニューを組まされ、捕手の練習にはたいした時間はもらえなかったが、そんな中でも初心者だからこそ、一生懸命学ぼうと必死に練習に取り組んだ。
こっそりバッティグセンターで自主練習をしていることも知っている。
日に日にキャッチングが巧くなっている事は、誰よりも俺が一番よくわかっている。
ちゃんと褒める時は褒めるし、文句ばっかり言っているわけじゃない。
「そうなの? 認めてるの? えー全然わかんねー」
「なにそれどんなツンデレだよ。カッシー可哀想だろ」
「だったらさぁ、誕生日だし、カッシーに言ってやれよー。すげー喜ぶぞー」
「尻尾振って泣いて喜ぶんじゃね?」
「うれションするかも」
「あはは、カッシーってホント犬みたいだもんな!」
それなのに、こいつらは言いたい放題だ。
確かに柏は犬のように俺に従順だけど、それは飼い主(俺)を信頼しているからだっつーの。
「柏のことは佐和に任せてるけどさ、たまには褒めてやれよ。それだけでプレゼントになるじゃん」
キャプテンの草野まで参戦してそんな事を言うから。
「……わかったよ。アイツが感動して泣くくらいのすげぇのやろうじゃん。ちょっと付き合え、草野」
「え? 俺?」
何も分かっていない奴らに腹が立って、だったら俺にしか出来ないすげぇプレゼントやろうじゃないかと、草野を引き連れてグラウンドに向かった。
****
グラウンドの隅、ベンチに座る監督の前に立った。
無理やり連れてこられた草野は、首を傾げながらとりあえず俺に合わせて隣に並んだ。
「ん? どうした?」ときょとんとする監督に向かって、
「監督、柏をそろそろ本格的に捕手にシフトさせて下さい!」
俺はそういって頭を下げた。
「え? 佐和?」
草野が驚いてうろたえているのが分かる。
「……なぜだ?」
監督は驚いてはいたが、俺が本気なのを知るとゆっくり腕を組んだ。
顔を上げてまっすぐ監督を見る。
玉戸監督は普段はちょっとぽやんとした感じだし、授業はクソつまんないおっちゃん教師だけれど、グラウンドに入ると人が変わる。
今も授業中でも見せない険しい表情をしている。本気で向き合ってくれる時の顔だ。
「はい。先輩が引退して、今使える捕手は1年の亀有だけです。他に経験者も控えもいません」
「で?」
「亀有は自分でも捕手向きじゃないって言っている位気弱だし、控えは絶対必要です。来年捕手が入ってくるかどうかもわからないし、それに柏は……柏はまだすげー下手だけど……」
一瞬躊躇ってしまい目を伏せた。
今はまだハッキリ言って使い物にならない。試合にだって到底出せるレベルじゃない。これからどの程度巧くなるかわからない。がんばっても捕手には向いてないかもしれない。
でも。
再び顔を上げて監督と向き合った。
「俺の球を捕りたいって強い思いが伝わってくるんです。だから」
柏を信じて言い切るしかない。
「アイツならこれから必死で、ちゃんと練習すれば、来年の夏までには絶対俺の球捕れるようになるし、いいキャッチャーになると思うんです。きっとなります! 俺が責任持って面倒見ますから」
今の練習量じゃ上達しない。全然足りない。柏はもっともっと上を目指している。本気で捕手になりたいと、自分と組みたいと思っている。
自分にもその思いは伝わるから、本格的にちゃんと練習をさせてやりたいとずっと思っていた。
もしかしたら、化けるかもしれないと期待している部分もある。
俺が信じなくてどうする。
「お願いします! 柏を本気で捕手候補に入れてください!」
「ふ〜〜〜む。柏ねぇ」
「監督、俺からもお願いします。柏はきっとやってくれると俺も思います」
渋っている様子の監督に、草野も一緒に監督に頭を下げてくれた。
入部当時の柏の熱意に絆されたのか草野は柏を結構気にっていて、自分と同じように期待している事を知っていた。
キャプテンという事で連れて来たが、情に厚いので絶対一緒に頭を下げてくれると思っていた。
「う〜〜ん。まぁ俺もそろそろかと考えてはいたんだけどな」
唸りながらも前向きな監督の言葉に、勝ったと思って顔を上げた瞬間、
「アイツ投手練に入れるとあてつけの様につまらなそうな顔するしなー」
「え……」
頭を掻きながら苦笑を浮かべる監督の言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
「あ、すみませんっえっと……あの、それはちゃんと言って聞かせます! ……ので……」
自分より早く草野が我に返り、慌てて頭を下げるとチラリとこちらを見た。
「あ、す、すみませんでした!」
慌てて自分も頭を下げる。
――あのボケナスっ。何やってんだよ! バカだと思ってたけどホントにバカだな!
監督から目を反らし、心の中で柏を罵倒した。
何度も監督に逆らうなと言っていたのに、まだ反抗をしていたらしい。
自分の目の届かないところで。
「キャッチャー向きじゃないと思ってたけど、意外と気ぃ強いんだよなぁ、柏」
ため息と一緒に監督がそう呟いた台詞には、自分も草野もただ苦笑いを浮かべ「そうッスね……」と頷くしか出来ない。
柏は一見平和そうな顔をしているが、意外と頑固だ。
入部当時、希望の捕手ではなく経験を活かして投手陣の中に入れたれた時も、柏は「なんで」「どうして」と監督に食ってかかっていたのを思い出した。
どんなに監督が諭しても怒っても「練習しないといつまでも巧くなれないじゃないっスか」と一歩も引かず、結局監督が折れて合間に捕手の練習も入れることになった。
柏の佐和への――捕手への熱意を知っているから大事にならず、監督も周囲も理解してくれているが、指導役の佐和からしたら、ハラハラしっぱなしだ。
「まぁ、そうまでやりたいって強い気持ちは大事だ。腹は立つが、その気の強さは評価している。んーーーーじゃぁやらせてみるか」
「あざッス!」
今回はなんとかいい方向に進んでくれたが、こうなったらもう少しきつめに〆ないとだめだなと思った。
「その代わり夏じゃ遅い。春までになんとか使えるようにさせろ」
「はい!! ありがとうございました!」
長いようで短い春までの期間に、柏をなんとか仕上げさせる課題があるが。
「やるじゃん、佐和。お前かっけぇな。これはカッシー泣くよー」
監督の下を去り草野と柏に報告に走り出すと、草野がポンと肩を叩いた。
「控えも今いねーし、いずれこうなるなら早い方がいいだろ。それだけだよ」
「とんだツンデレだな。かっこいいー」
「うっせ。しっかしアイツ、平和そうな顔して大した問題児だな。ビックリした」
「だな。カッシーの面倒、大変だろうけどがんばれよ」
「あぁ」
監督も手を焼くあの頑固さには骨が折れそうだと思ったが、逆にアイツの教育係は自分にしか出来ないとも思った。
アイツは自分の言うことはなんでも聞く。従順な犬だから。
「任せろ。めっちゃくちゃにしごいてやる!」
「うわ、すげー悪い顔してるぞ、佐和」
今から楽しみでワクワクしていた。
****
「――――――え?」
その後、グラウンドの隅で練習の準備をしていた柏に草野と一緒に今さっき監督と話をした事を伝えると、丸い目をさらに大きく真ん丸くさせてしばらく固まった。
「か、柏? えっと、だから今日からお前は捕手陣に――って聞こえてる??」
予想以上のフリーズっぷりに、草野が戸惑う。
その様子があまりにおかしくて、我慢できずにクククと肩が震え出した。
「柏、お前大丈夫かよ」
笑いを堪えた震える声で俺が声をかけると、
「マジっすか?! 俺、俺キャッチャー、え、マジっすかぁ?!」
それがきっかけになったのか、今度は壊れたおもちゃのように全身で喜びを表した。
「やった! やった!」とガッツポーズを何度も連続で繰り出し、急にくるっと後ろを向いては何度も両手拳を突き上げ、「やったーーーーー!!」と雄叫びを上げる。
そしてまた正面に戻って小さく何度もガッツポーズ。
何事かと、グラウンドに散った部員が全員、驚いた顔で柏に注目をした。
「あーいやいや、カッシー、ちょっと落ち着け」
「ああああありがとうございます!!!!! ありがとうございます!!!」
草野が落ち着かせようと肩を叩くと、今度は何度も何度も頭を下げる。
「あーもー、お前ちょっと黙れっ!」
オロオロする草野と周囲の注目に笑ってもいられなくなり、さすがにイライラしてきてたまらず怒鳴りつけると柏はハッとしてピタッと動きを止めた。
「すみません、俺嬉しくてつい……」
一瞬でしゅん、として大人しくなった柏に、「……さすがだな」と草野が感心するように呟いた。
「あーそういうことだから。ひとまず亀有に基本から徹底的に教えてもらえ。俺が投げるのはある程度形になってからだ。そんで春までになんとか試合で使えるようにする。時間がないからこれから覚悟しとけよ」
草野の代わりに伝えるべきことを一通り伝えた。
「はい! 俺、頑張ります!!」
柏はビシッと背筋を伸ばして威勢のいい返事をする。
そこまではいい。いつも返事だけはいいから。
しかし肝心なのはもう一つ。
「あ、あとそれから」
つかつかと柏の前に進むと、胸倉をぐいっと掴んだ。
「え、せ、先輩?」
「おいちょっと佐和?!」
「いいか? つまんねー練習でも二度とやる気ねぇ顔なんてすんな。そんな顔見せたら二度と捕手させねぇかんな。分かったな!」
自分の方が背が低いからカッコつかないけど、小さい頃からケンカに負けたことはない。
先輩の威厳もある。
負けるわけにいかないと、下から柏を睨みあげた。
「え……あ、は、はいっ! すみませんでした!」
柏はすぐに心当たりのあることを思い出したようで、ハッとして慌てて謝った。
「わかればいい」
「……はい……」
それに気づき反省すればいいかとすぐに手を離したが、柏は手を離しても先ほどと打って変わってかなり落ち込んだ様子だった。
あのはしゃぎっぷりを見ていたから、ちょっと可哀想かなとも思ったがアイツが悪いのでこれは仕方ない。
甘やかすとこいつの頑固さはトラブルになるのは目に見えているから。
「じゃ、そーゆー事で。しっかりやれよ!」
「はい! わかりました! 俺、死ぬ気で頑張ります!」
「じゃ、部活始まるぞ」
しっかり反省し、今後の大変さが伝わった事を確認すると、柏を引きつれ練習に戻ろうと踵を返した。
が。
「あ、そーだ。カッシー、ちなみに監督に直訴したの佐和だから。優しい先輩からの誕生日プレゼントだって」
――グラウンドに向かう途中、思い出したように草野が柏に余計な一言を言い放った。
「え?!」
「ちょっ草野っ! おま、それっ」
ギョッとして草野を見ると、にこやかな笑顔で俺の肩に手を置いた。
「ホント、佐和って男前だよなー」
「草野てめぇ……」
「先輩……本当ですか? 先輩が監督に言ってくれたんですか?」
柏の足が止まる。
背後に視線が熱く突き刺さるが、さっさとこの場を去りたくて俺は逆に足を早めた。
「ねぇ先輩、本当なんですか?」
「うるせぇ。さっさと行くぞ」
カーッと顔が赤くなっていくのが分かった。
「せんぱぁぁぁい!!!!」
すると急に柏が走り出し、体当たりをするように背後から抱きついてきた。
「うわぁ!」
転ぶかと思ったが、何とか踏ん張ったが、覆い被るように抱きしめられ腰が曲がる。
「ありがとうございます! 俺俺すげーすげー嬉しい!!! 佐和先輩大好き!!」
しかもこんなに傍にいるのに、耳元で大声で叫ばれ、耳も痛い。
「あーうるせぇ! 重い! 腰が曲がる!! 痛いって!! 離せ柏!!」
引き離そうと暴れるが柏は離さそうとせず、がっちり俺をホールドしている。
「先輩先輩! 俺本当にマジでありがとうございます!」
「わかったから……マジで……重い……っ」
さすがに柏を支える腰にも限界が来て足が震えてきた頃、
「はいはい、カッシー、佐和潰れちゃうからその位にして。練習始まるし」
「あ、はーい!」
草野が柏を引き離してくれた。
「く〜〜〜〜〜っ全くこのバカ犬!」
「大丈夫か? 佐和」
解放されて腰を押さえている俺に、草野がそう言いながら腰を支えてくれようとしたけれど、アイツは明らかに笑いを堪えていた。
「元はお前のせいだろうがっ。覚えとけよ」
ムカッとしてその手を振り払い、睨みつけるが、
「本人に言わないとプレゼントってわかんねーだろ? それに、あのままじゃカッシー可哀想だったし」
草野はとニヤニヤした顔でそう悪びれなく答えた。
草野とは付き合いが長い。
頭が良く普段は頼れる主将の草野だが、時折こんな風にヨケーな事をしてくれる。
「あーもうホントお前ムカつく。この腹黒細目っ」
「いいじゃん、喜んでるんだから」
「はい! 俺すげー嬉しいっす!」
よろよろしながら、再び歩き出す。
「あー早く先輩の球捕りたい! 先輩とバッテリー組むの楽しみすぎてウズウズしてきました!」
「あ、そーだ」
柏のバッテリーの言葉で思い出した。
もう一個プレゼントがあったんだ。
「そういやお前、下の名前なんだっけ?」
「え? 圭吾、ですけど」
俺とバッテリーを組むって高々と宣言したその心意気と、今のところすげー頑張ってるから。
認めてるって意味を込めて、特別にプレゼントだ。
「そっか。じゃ、頑張れよ――圭吾」
気が付いたかどうかは分からないけど、
「・・・・・・・・・は、はい!!!!」
今日一番に威勢のいい返事だったので、よしとすっか。
ありがとうございました! よろしければ拍手・一言感想などいただけたら嬉しいです♪

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