あの日の夕陽を覚えているか

星図鑑のしきさんにツイッターでお題を頂いていたもの。
その後J・GARDENでお隣になった記念でペーパーとして書いてみました。
志摩高については星図鑑さんのサイトにて。。。


「おおおーでっけぇーー」
「いいなぁ、マリンで決勝とかかっけぇ〜ッ」
「なー。羨ましい」
「うちんとこは市営だしなー。やっぱプロチームがあるところは違うよなー」
「俺もここで試合してぇー」

 千葉マリンスタジアムを前にして、口々にため息と地元との違いに愚痴が漏れる。
 夏の全国高等学校野球選手権千葉県大会決勝――喜多川高校
野球部は監督の引率で千葉マリンスタジアムに来ていた。

「でも大きいから、ちょっと外野は寂しく感じるな」
「市営だと狭いから立ち見が出るもんねー」
「それにしてもどうしてわざわざ?」

 席に着くと一年のまとめ役である捕手の綾瀬悠馬が後ろの列に座っていたの草野に訊ねた。
 TV中継もあるのに、なぜわざわざ他県の試合に球場まで足を運ぶのか、事情を知らない一年生達は不思議に思っていたようだ。

「あぁ去年、志摩高と合同で合宿したんだ。そっからたまに練習試合とかもしてて、結構二、三年は交流してるんだ」 
「へぇ〜。県外の学校と交流あるなんてすごいですね」
「向こうの監督とうちの監督、大学時代の友達なんだって」

 草野に続いて三年の植田が言うと、

「違ぇよ、後輩だろ?」
「え、先輩って言ってなかった?」
「親友でしょ?」
「何言ってんの? イトコだよ」
「え、弟ですよー」
「俺、異母兄弟って聞きましたけど」
「元カレじゃなかった?」
「ホモかよっ」
「監督奥さんいるじゃないですか」
「わかった、じゃぁ奥さんの元彼だ!」

 二年生を中心にコントの様に面白がって口々に騒ぎ始めた。

「後輩だっ! 黙って見とけっ」

 それまで黙っていた監督がたまらず一喝すると、一瞬しん、とした。
が、監督の後ろに座っていた植田が監督の薄くなった頭頂部を指してククク……と笑い出すと、そこがピンク色に染まっている事に気が付いた周囲からも、押し殺した笑い声が漏れた。

「試合始まるぞ。お前らいい加減にしろ」

 草野が呆れた声で植田達を諭しながら、説明を続けた。

「そんなわけだから決勝まで残ったら見に行こうって」

 去年の夏、千葉の民宿に宿を取り、この決勝戦に勝ち上がてきた志摩高校と一週間、合宿をした。
 炎天下の中、主に砂浜を利用した練習メニューは砂浜に慣れていない喜多川ナインにとっては、「地獄」の一言に尽きた。
 それでも初めての遠征、しかも他校との合同合宿は互いに切磋琢磨し合い、楽しい思い出になった。
 お互い住んでいる所が離れているし、毎日練習三昧なのでプライベートで会う機会はないが、気の合うメンバーと連絡先を交換し、今でもメールやラインなどで交流を続けている。

「そういえば、志摩高って二年前から急激に力を付けてきた学校ですよね」
「さすが綾瀬、よく知ってるなー。それが今の三年だよ」

 悠馬の言葉に、草野が感心したように頷いた。

「今年の志摩高は最強だよ。応援もあるけど、どっちが勝っても甲子園で当たる可能性があるからな。偵察も兼ねてるってわけ」

 温和な性格で、特に一年生にとっては保護者的存在の草野が珍しく、ニヤリと企むような笑みを浮かべた。

「レギュラーには二年が結構いるし、いい一年投手も入ったって言ってたから、お前らの代でも油断ならないチームになるぞ。よーく見ておけよ」

 草野の隣に座っていた副主将の東海健が言うと、

「はいっ!」

 一年生は声を揃えていい返事をした。

「綾瀬、しょっぱな一番二番、足に注目」 

 試合が始まってすぐ、悠馬のすぐ後ろに座っている佐和が悠馬に言った。

「はい」

 言ったそばから、すぐに試合が動いた。
 単純なセカンドゴロだが、判定はセーフ。

「わ、速いっ」

 その走りを見た悠馬と、同じ一年で悠馬と幼馴染の投手・馬橋が同時に声を上げた。

「一番は藤堂だな。次のショータもすげー速いぞ」

 一番バッターの藤堂舞輝と二番の檜垣翔太はチーム一、二を争う俊足だ。

「あぁ、檜垣さんね!」

 ショータの名前を出すと、佐和の隣に座っていた柏圭吾が突然声を上げた。

「桧垣さんって、身長もだけど性格も先輩に似てて、見た目詐欺で結構凶暴なんだよ。二人とも俺に容赦ないし、なんか先輩が倍になったみたいでさぁ。合宿、地獄だったんだよな〜」

 ショータの名前を聞いて合宿を思い出したようで、圭吾が嫌そうに言うと、

「それはお前がすぐへばるからだろーがっ」

 佐和が間髪入れずに後頭部をスパーンと叩いた。
 ショータは圭吾が言うように、佐和と身長がほとんど同じくらいでどちらかというと小柄。しかも自信家で気が強い。
  似た者同士だからか、佐和とショータはとても気が合い、すぐに意気投合した。
 主に圭吾をカモにして二人で遊んでいた事を思い出した。

「でも安心してください! どんなに先輩に似た人が現れても、俺の心は揺るぎなく先輩一筋ですからっ」
「誰も聞いてねーよ! お前は黙って試合見てろっボケナス!」

 ドヤ顔で余計なコメントを挟む圭吾に、佐和は追加で頭にチョップを食らわせた。

「あー…ゴホン。だから、要するにここは足の速い奴が多いって事。さらに続くバッターはスラッガー。ほんと厄介なチームだなんだよ」

 咳払いをすると、合宿最後の練習試合を思い出して佐和が毒付いた。

「そうそう、先輩、散々走られましたもんねー」
「うっせぇっつーのっ!」

 懲りずに余計な事を言う圭吾に、再び佐和の平手が頭を襲う。

「頭は慣れてないんだから加減して下さいよぉ」

 圭吾が涙目になりながら頭を抱えた。

「え? 佐和さんのクイックで?」

 そんな圭吾の事はキレイにスルーして、悠馬が目を丸くして佐和を見た。
 理想的な速さでクイックを投げられる今の佐和しか知らないから驚くのも無理はない。

「ああ、あいつらにさんざん走られて悔しくてさ、すげー練習したんだよ」

 あの時佐和と組んでいた捕手は、今の圭吾よりも捕球技術が劣っていた。
 全力で投げる球はどうしても弾いてしまい、当時は思うように投げる事が出来なかった。また、サイドスローで投げる佐和は、クイックモーションが昔から苦手で、あまり練習もしてこなかった。
 しかし、あの日ショータ達に散々塁を盗まれた事が悔しくてたまらず、捕手の牽制が難しいなら、自分がどうにかしなければと、クイックを必死で練習した。
 お陰で今では自分の武器の一つと言えるほどに精度を上げた。

「そうだったんですか……」

 悠馬がグラウンドに目を戻した。

「そ。俺のクイックは、あいつ等に悔しい思いをさせられた賜物なわけ」

 佐和にとってあの合宿での最大の収穫は、ショータ達に出会えたことだ。
 お陰で自分達に足りないところを気づかせてもらった。
 ライバル心を刺激された。
 苦手だからと避けていた牽制の練習も始めた。

「えっ? ダブルスチール?!」

 どっと球場がどよめいた。

「……足もですがスタートが巧いですね。あれじゃ、あの捕手には刺せないですよ」

 塁に出た途端、二人同時に走るダブルスチールを決めた二人を見て、悠馬が思わずため息を漏らした。
 相手捕手も決勝に来ただけあって肩も悪くないが、タイミングは余裕のセーフ。
 天才捕手と言われている悠馬がそう言うのだから、相当走るのが巧いのだろう。

「でも、お前ならどうだ?」

 しかし、佐和が試すように悠馬にそう尋ねると、

「止めますよ、もちろん」

 グラウンドを見ながらきっぱり悠馬は言い切った。

「あーゆー選手見ると、ワクワクします」
「おー、さすがっ」

 まっすぐグラウンドを見ている悠馬の後ろ姿を見て、佐和は本当に頼もしい後輩だなと改めて思った。

「カッシー先輩だって、止められますよ」
「え? 俺?」
「――は? 圭吾ぉ?」

 その頼もしい後輩の意外な言葉に、佐和は呆気にとられて、ポカンと口を開けた。
 佐和の周囲にいた草野や東海も、その台詞に思わず悠馬を見た。

「いやいや、こいつにあの足止められるわけねーだろ」
「え、ちょっ、先輩ひどいっ! お、俺だって頑張れば……多分それなり……には……」

 元投手なだけに圭吾の牽制球はコントロールがいい。
 けれどそれだけだ。
 悠馬に比べるとモーションも送球も遅い。
 さすがにそれで圭吾があの足を止めるのは難しいと佐和は反論するが、

「いえ、佐和さんのクイックの早さと、カッシー先輩とのサインなし投球ならスタートが難しいので、志摩高と言えども走りにくいと思います。十分対抗出来ますよ」

 圭吾本人が自信無さげに語尾を濁しているのに、悠馬は自信たっぷりに言い切った。

「マジで? 役に立つの? 圭吾が? 嘘だぁ〜」
「で、出来ますよ! 綾瀬もっと言ってやって!」

 圭吾でも太刀打ちできると聞かされて佐和は素直に驚いた。

「ま、次やる時はまず簡単に塁に出さねーし」

 今は綾瀬と――圭吾もいる。今の自分達ならあの足を、この打線を止める事ができる。
 悠馬から聞くと自信になる。
 早く志摩高と本物の試合≠してみたくてウズウズしてくる。

――またやろうな、佐和。今度は公式戦で。
――おう、今度は走らせねーよ。

 合宿最終日、練習試合が終わった後、佐和とショータは最後に握手を交わしただけだった。
 志摩高部員の中で最も気が合い、ポジションは違えどいつも一緒にいて、そして負けたくないと思う相手だった。
 それでも互いにまた会えると信じて、あえて連絡先の交換はしなかった。

(ショータ、約束通り俺は決めたぞ、甲子園)

 四番の一振りで早くもマイキとショータがホームベースに生還した。
 笑顔でベンチに戻るショータを見つめ、佐和は心の中で話しかける。

 あの時お互いにきっと「次に会うのは公式戦、舞台は甲子園」だと思っていた。
 対戦できる確率は低いが、そこでお互いベストを尽くせることを信じて。
 そして自分達が先に甲子園行きの切符を手に入れた。

(もちろんお前らも来るんだろ? さっさと決めて見せろっ)

 あの日、グラウンドを朱色に染めた夕陽の中、二人で交わした約束を、互いの言葉の力を信じて、佐和は試合の成り行きを見守った。


最後のシーンを漫画にしました。>>約束
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