FEVER〜朋久の場合〜

OFF発行「FEVER〜熱にまつわるエトセトラ」の朋久ver.です。
本編は各カップリングそれぞれの受子さんが「発熱」に関する話なので、こっちでは攻めが熱にうなされます。
時系列的に本編(蓮ver.)の前・2学期中間テストが終わったすぐ後なので、10月上旬位です。
(※本編読んでいなくても問題ありません)

 甲子園を目指す蓮の支援と称して、松戸朋久が幼なじみで恋人でもある早瀬蓮の家に住み込みを始めて約三ヶ月が経った。
 色々すれ違いながらも朋久の想いが通じ、めでたく付き合い始めて約二ヶ月。
 単なる家政夫としての住み込み生活が「半同棲」という甘い響きの持つものに変わり、毎日好きな人と一緒にいられて、今最もラブラブで幸せの絶頂期。
――だったのだが、新たに結ばれた母親との契約(約束)で、ここ十日間、朋久はずっと実家で悶々とした日々を送っていた。

 試験期間中は勉強に集中するため、蓮宅へのお手伝いも禁止。当然蓮との甘く熱い夜もその期間は、お預けになる。
 しかも蓮とのセックスにハマり、最高週3回までという制限をフルに使い、一日置きと言っていいほど頻繁に求めていた朋久にとって、
この期間は試験勉強よりも何よりも辛い日々だった。
 そんな魔の試験期間が終わり、久々に愛しの恋人の家へ住み込み手伝い解禁となった日の夕方。

「じゃ、行ってきます!!!」

 一度家に帰ると、朋久は超特急で持ち帰った学校の教科書類や着替えをスポーツバックに詰め込み、母親に呆られながら蓮の家にすっ飛んだ。
 部活のある蓮はまだ帰ってなく、家にいたのは昨日久々に帰宅していた蓮の母親・礼子だけだった。

「あら、朋君いらっしゃい。いつもありがとう」
「こんにちは。またお世話になります!」

 挨拶を済ませると、朋久は二階に向かった。
 朋久が来るまで物置部屋だった一室は、今では綺麗に片づけられ、すっかり自分の部屋と化していた。

「昨日は久々に蓮と二人っきりだったんだけど、なんか朋君がいないのが変な感じだったわよ」

 家事を完璧にこなす朋久を、礼子も蓮(息子)の嫁のようだと冗談を言うくらいに気に入り、すっかり自分の家のような、むしろ実家にいるよりも居心地のいい家になっていた。

「朋君の夕飯いただいてから戻ろうかなぁ」
「え、病院戻るんですか?」
「そうなの。ちょっと目の離せない患者さんがいてね」

 礼子は昨日久々に自宅に帰って来たのに、夜にはまた病院に戻らなければならないらしい。
 自分を気に入ってくれている礼子には申し訳ないが、それを聞いてますます気分が高揚した。
 邪魔するものは何もない、絶好の機会。
 熱い夜を過ごせる――と。

「トモ、お前なんか具合悪そうじゃね? 大丈夫か?」

 しかし部活から帰ってきた蓮は、笑顔で出迎えた朋久の顔を見るなり眉をしかめた。

「え?」

 ギクッとして、思わず笑顔が固まる。

「え? 朋君、ちょっといい?」

 医者である礼子は蓮の言葉に驚いて、すばやく朋久の額に手を当てた。
 避ける暇なんてなかった。

「やだ、本当! すごい熱じゃない。なんで言わないの!」

 その熱さに驚いた礼子が、両手で首筋の触診を始めた。

「あ、いや。そんな大したこと……」
「たいしたことないわけないでしょ!」

 慌てて離れようとするが、医者でもある礼子にピシャリと言われ、朋久は言葉を飲み込んだ。
 確かに朝からなんかおかしいなとは思っていた。
 しかし、ちょっと頭が重く感じるのは、今までにないくらい勉強したせいだと軽く考えていた。
 ただの知恵熱だと。
 だから、夕方あたりから頭痛がしてもちょっと寒気がしても、蓮に会えば吹っ飛ぶと思っていた。

「あんたよくわかったわね〜。さすが」
「え……? い、いやだって、見りゃわかるだろ」

 礼子の目も誤魔化せたのに、まさかそんな蓮にあっさり見抜かれてしまうなんて思ってもいなかった。

「お前、今日は家帰れよ」
「そうねぇ。蓮じゃ何も出来ないし。おばさん車で送っていくから」

 しかもそんなこと言われてしまうほどの状態だったなんて。

「え! いや大丈夫だって」
「だってお前、見るからに具合悪そうじゃん。帰った方がいいって」

 蓮だけに見破られた事にちょっと嬉しい気持ちでいたが、必死で否定しているのに、顔を顰めて家に帰るよう促す蓮に、朋久はカチンとしてしまった。

「だって、今日のためにずっと我慢して頑張って勉強してきたんだぞ!」

 きっと熱のせいだ。
 熱があると気付かせたせいに違いない。頭がくらくらしてきた。
 一気に顔も熱くなり、同時に涙腺が緩んだ。
 なんだか急に、ひどく悲しい気分になってしまった。
 視界が涙で滲む。

「ようやくまた蓮と一緒にいれるって思ったのに……お前はいつもそうだよ。俺ばっかりお前の事好きでさ。お前は寂しくなかったのかよぉ……」

 気が付くと朋久はそう言って泣いていた。
 心配してくれているからだとか、礼子がいるとかは何考えず、ただ蓮が「家に帰れ」と言った事が熱で犯された思考の朋久にはひどく冷たく響いた。

「ちょ! おまっ、何言ってんだよっ」

 朋久の発言内容に、思わず蓮は慌てるが、

「蓮といたいのはわかるけど……。でも朋君、こんな状態では、おばさんはお泊まり許可出せないよ。扁桃腺が腫れているわけではないから寝てればすぐ治るし。ね? だから今日はお家に帰って安静にしてなさい」

 礼子は冷静に、しかし医者の顔をして朋久に言った。

「おばさん……」
「元気になったらまた来ればいいじゃない。ね?」

 そして今度は小さい子供に諭すように、優しく言い聞かせる。

「……はい……」

 礼子にそう言われては、もう何も言えない。

「……蓮……」
 
 縋るように蓮を見るが、

「そういう事だよ」

 顔を真っ赤にした蓮はそう言うとぷいっと目を反らした。
 その時、まだ朋久は自分の失言に全く気が付いていなかった。

****

「お世話かけてごめんなさいね。早瀬さん」
「いえ、そんな。朋君にお世話になっているのはこちらの方です。おそらく単純な風邪でしょうから、明日には熱は下がると思いますけど、もし長引くようでしたら病院に行ってくださね」

 玄関先での朋久の母親と礼子のそんな会話が聞こえる中、朋久は自室のベッドに寝かされていた。

「……蓮……ごめん」

 額に冷却シートを乗せた朋久は、顔を横に向けベッドのすぐ脇に座り込んでいる蓮に謝った。

「このバカっ」

 礼子と一緒に朋久を送りに来た蓮は、あぐらをかき腕を組みながらそう言って朋久を睨んだ。

「熱出すだけでもバカなのに、母さんいるのに余計な事言いやがって」
「え?」
「母さん気づいてないみたいだから、よかったけどさ」

 真っ赤になってそう愚痴る蓮に、朋久の目が丸くなった。

「え……なんか俺言った?」
「……気付いてねーのかよ」

 今度は蓮の目が丸くなる番だった。
 しかし、朋久は自分が何を言ったのか覚えていなかった。
 ずっと自分の体調不良に気付かない振りをして気を張っていたせいか、風邪だと認めさせたあたりから一気に朋久は体調を悪化させていった。
 車に乗せる頃にはぐったりとし、ずっと「寒い」と繰り返し呟き腕を抱え震えていた。
 実家の自分のベッドで横になりようやく少し落ち着いたが、そんな状態だったので熱にうなされてその前後の記憶があまりない。

「……ごめん」

 覚えていないけれど、恐らくうっかり「好きだ」のなんだの言っちゃったんだろうなと、朋久がとりあえず謝ると、蓮ははぁ〜っと諦めたようなため息を吐いた。

「もういいよ。これ以上頭使うと悪化するから大人しくもう寝てろ」
「……ん」

 素直にゆっくりと目を閉じる。
 蓮の顔を見ていたかったが、熱のせいか目が疲れていた。
 目を瞑ると、一気に睡魔に襲われた。
 礼子がくれた薬を飲んだせいかもしれない。

「れーんー。せめてお休みのキス……」

 目を瞑ったついでに、キスをせがんでみるが、

「風邪伝染す気か。バーカ」

 悩む間もなく、あっさり即答された。

「……言うと思ったけど……」

 ふっと笑みをこぼしながら、朋久はそのままスーッと眠りに落ちた。


――ったくせっかく試験終わったってのに、何やってんだよ。バカ。

 夢か現かわからないあやふやな意識の狭間で、そんな蓮の声が聞こえた。
 その声に、「やっぱ寂しかったんじゃん」と、心の中で言い返すと、返事の代わりに唇に柔らかい感触が降ってきた。
 そこで、朋久はハッとして目を覚ました。

「あ、れ?」

 慌てて見回すが、電気も消された真っ暗な部屋に蓮の姿はなかった。
 時計を見ると、もう夜の11時を回っていた。
 家に帰ってきてからもう4時間ほど経過している。

「なんだ夢か」

 あの蓮が――普段でさえ自分からキスをする事なんて滅多にしない蓮が、風邪が伝染るリスクを無視してしてくれるわけがない。

――が。

 そっと指で唇をなぞる。

「でも……」
 
 そうわかっていても、期待してしまう。夢じゃなかったらなんて。
 夢にしては感触がリアルに残っている。
 と言うことは、キスの直前に聞いたあの蓮の声も、夢じゃないのかもしれない。

「……うわ、そんなの可愛いすぎるだろ、れーんっ」

 寝ている隙に、照れながらそっとキスをしていく蓮を想像して、朋久はゴロゴロと左右に転がりながら悶えると、

「早く治して蓮の家に帰るんだ……」

 幸せな気分になりながら、朋久は再び眠りに落ちた。

・・・end
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