蓮の隼人への気持ちに気が付いてから、もう俺は何もする気が起きなかった。
何がきっかけだったんだと思い出そうとしたが、結局途中で諦めた。
高校を追いかけるほど蓮は隼人の事が好きなんだと、そう思う度イライラした。
そしてそのとばっちりで避けられていたんだと知って、無性にムカついた。
何故かどうしようもなく悔しくて、たまらなかった。
だからもう考えるのを辞めた。
そんな事知ってどうする。俺とは関係ないんだ――と。
でもそう思っても学校で蓮を見かける度、気が付くと目で追いかけていて。
蓮が気になって仕方がない。
おかげで受験勉強に身が入らず、公立受験もまさかの失敗。
そこから俺の生活が荒れ始めた。
入学した私立高校が地元でも有名なお気楽高校だった事も有り、何もかもが面倒臭くなった。
2年も付き合ってきた1つ年下の彼女とも別れてからは、特定を作らず高校で仲良くなった悪友と一緒に同じように軽い女の子と適当に遊び始めた。
部活動が必須だったのでテニス部に入ったが、中学時代のようにテニスでもやもやした気持ちを晴らそうという気にすらならず、とにかく悪友に誘われるがまま毎日遊びまくっていた。
一方、俺とは逆に念願の志望校に入学し、めでたくお目当ての綾瀬君と知り合えた隼人は、事情を知っているのが俺しかいないせいか、しょっちゅう俺に連絡を取ってくるようになった。
隼人といるとどうしても蓮の事を思い出してしまう。
気持ちが落ち着くまでしばらく会いたくないと思っていたが、綾瀬君との友情を語る恋愛感情丸分かりの幸せそうな親友を見ると、そうも言えなかった。
あんなに野球が巧かったのに綾瀬君は何故か野球部には入らなかったらしく、野球部に入っただろう蓮の名前を隼人の口から聞く事はなかったが、逆に蓮の事が気になってしまいイライラが募る――鬱憤を晴らすのに遊ぶ――というスパイラルにハマっていた。
それでも、二人の間に関わりあいがないなら、そのうち蓮も隼人への気持ち諦めて、前のように二人で笑い会える日々が戻ってくるかもしれないと、期待した。
それを期待して隼人が綾瀬君と上手くいけばいいと祈り、面白くない惚気話を聞いていた。
それなのに――蓮と隼人の縁は切れていなかった。
二年に進級してからぱったりと隼人からの連絡が途切れ、綾瀬君と何かあったのかと気になっていながら、連絡できずにいた6月中旬――バイト帰りに偶然隼人に会った。
「あれ、隼人? 隼人じゃね?」
「トモ? トモか! わー久しぶりー!!」
三ヶ月振りに会った隼人は日に焼け、心なしか体格も逞しくなったように見えた。
「お前最近さっぱり連絡くれねーんだもんなぁ」
あんなに苦痛だった惚気話でも、やっぱり全く会えなくなると淋しくなるもんなんだな、と心の中で自嘲する。
「悪い悪い、俺今応援団やっててさー。忙しいんだよ」
「応援団?! チャラ男のお前が?」
「そ、この野球部のスターを応援するためにな!」
「野球部?」
野球部と聞いて、嫌な予感が胸を掠めた。
そこで初めて、隼人の隣にちょっと背が低めの見た事がないヤツがいるのに気が付いた。
「あ、初めまして……綾瀬、です」
そいつは目が合うとペコッと遠慮がちに頭を下げた。
綾瀬? 綾瀬って――え、あの?
ハッとして隼人を見ると、照れ笑いを浮かべ頷いた。
「あ、俺、松戸朋久。トモって呼んでね♪」
大人しい子だとは聞いていたが、隼人と友達なんだからといつもの調子(ノリ)で手を差し出すと、
「え、あ、はぁ……」
綾瀬君は戸惑いながらその手を取った。
ん?あれ?
想像していた子とは随分印象が違っていた。
二年前の試合をしている姿しか知らないけれど、あの時はもっと堂々としていた気がする。
でも目の前にいる綾瀬君はあの時のオーラを全く感じさせない。
それどころか、なんとなく頼りなさげだ。
「へぇ〜、君が綾瀬君かー」
それまでは試合中の印象しかなかったからイマイチピンと来なかったが、隼人がずっと
「まつげが長くて綺麗な顔してんだよ。人見知りだからちょっとツンとした感じなんだけど、それが笑うとマジ可愛いんだ」
とふやけた顔で語っていた意味が今ようやく分かった。
確かに切れ長で涼しげな目元にキリッとした眉毛で、気の強そうな感じがする。
でも長いまつげとほんの少し口角が上がったアヒル口にはちょっと甘さがあって、笑ったら可愛いかもしれない。
でも、人懐っこいと女子に評判の笑顔でいる俺に、綾瀬君は笑顔を返すどころか目を逸らして逃げるように身を引いた。
「あれ? 何? 俺の事怖い?」
「え。いや……そんな」
冗談交じりでそう言ってようやく笑顔を見せたが、明らかな作り笑顔だ。隼人自慢の可愛い笑顔は拝めそうに無い。
人見知りって言ってたけど、相当だな。
こんな子があんな堂々としたプレーをしてたのか……と思い返し気が付いた。
さっき隼人は「野球部のスター」って言ってた。
そして隼人が応援団をやってると。
野球部っていうことは蓮ともまた――?
もやもやした想いを隠しながら隼人と話していると、気を利かせたのか綾瀬君は先に帰っていった。
「あ、じゃーさ、これから駅前のファミレス寄ろうぜ。色々話聞かせろよ」
どうしても詳しく話が聞きたかった俺は、綾瀬君の背中を見つめる未練たっぷりな隼人を無理矢理ファミレスに連れ込んだ。