「え、それじゃ……」
半分惚気の様な隼人の話を聞いて、俺はジュースを飲む手を止めた。
「うん、俺が綾を応援するために応援団作ったんだ」
応援団をやっていると言っていたが、まさか隼人が作ったとは思わなかった。
家庭の事情で野球が出来なかったらしいが、野球をしたそうだった綾瀬君の為に応援団を作り、一緒に頑張ろうという話らしい。
目立つことが好きなのは知っているが、どっちかというといつも周りが隼人を持ち上げてた感があったので、自分からそんな面倒な事をし始めるという事が意外すぎた。
しかももうサッカーに未練はないという。あんなにサッカーバカだった隼人が。
それよりもなによりも、綾瀬君を応援するって事はもちろん「野球部」を応援することになるわけで。
俺の興味は「野球部」の方にあった。
「野球部を応援……って事は蓮……も、いるんだよな」
蓮が野球部に入っていることは知っていた。
ということは、また隼人と蓮は係わり合いを持つことになる。
もやもやしたものが俺の心を渦巻いていた。
「あぁアイツも野球部員だからな。ほとんど会話ねーけど」
「お前野球部に顔を出したりするわけ?」
「うん。そりゃーレギュラーにはそれぞれ応援パターン作ったりするから、打ち合わせとかで。まぁ、綾を迎えに行ってるから顔なら毎日出してるけど」
「……そうなんだ……」
毎日……毎日蓮は隼人と顔を合わせているという事か。
隼人の綾瀬君に対する気持ちを蓮が知るわけはないが、それを見ている蓮の事を考えると、なんか嫌な気分になった。
なんだろう、この感じ。
「それよりさ。なぁ、綾、可愛いいだろ?」
隼人は早くその話がしたくてたまらないらしい。
惚気たいだけだと思うけれど。
「んー、綺麗な顔してるとは思ったけど、俺には可愛い笑顔向けてくんなかったし、わっかんねー」
「いやさ。野球の話するとさ、ホントにこーって、にこぉって嬉しそうに笑うんだよ〜」
「あーはいはい」
俺のもやもやしている感情と裏腹に、ヘラヘラしたにやけ顔の隼人が癪に触り適当に話を受け流した。
どうせ聞いていなくても話をするだけで満足なんだから、構やしない。
「一緒に甲子園行こうぜって約束したんだ。全国デビューしようって。なんかそういう約束いいよなー」
「はいはい……え?」
しかし、そうやって一度聞き流した言葉が、俺の頭にふと引っかかった。
一緒に甲子園に行く――?
約束――?
ふっと幼い日の思い出が頭を過ぎった。
3人で遊んでいた時だ。似たような台詞を聞いた気がする。
あれはいつだ?
確か蓮が転校してきた年だから――小4だ。
最初の夏休みだった気がする。
そうだ。3人でプールに行った帰り、隼人のウチに寄った時だ。
そしたら隼人のおじさんが家にいて、高校野球見てて――。
――俺も高校行ったら絶対野球部に入るんだ。で、甲子園行くのが夢なの。
それを見て蓮がそう言った。
俺は何も知らなくて「甲子園って何?」って聞いたらおじさんが、「この球場の事だよ」と教えてくれた。
――そっか蓮野球やってたんだもんな。すげぇな、じゃぁテレビ出んの? かっけぇ!
俺はただ単純に、テレビに映る蓮を想像してそう言った。
でも隼人は
――じゃー俺は早瀬の応援に行くよ。もしかして俺もテレビ映るかもしれないしな。
って言ったんだ。
そうだ。
確かその後だ。
――じゃぁ、一緒の高校だね。俺が小木っちゃん甲子園連れてってあげるよ!
――マジで? 約束な!
ハッとして顔を上げた。
「それだ……」
「え、何?」
だから蓮は隼人と同じ高校にしたんだ。
隼人を甲子園に連れて行こうと。あの約束を守ろうと。
あ、そうだ。あの時も――。
パズルのピースがハマっていくように、どんどん思い出す記憶。
小学校最後のお泊り会。あの時は自分の夢の話をした。
その時蓮は甲子園に行く事と言った。甲子園に連れて行くって約束したから、と。
でも、隼人は蓮との約束を覚えていなかった。
俺も隼人も、好きな女の子とそういう約束を交わしたんだと思っていた。
だから口々に「そんなかっこいい約束、誰としたんだよ」「あ、好きなヤツだろー。誰?!」と散々からかった。
そしてそんな中隼人が言った。
――お前優しいし頭いいからさ、そんな約束守ってもらえたらイチコロだろ。俺が女だったら確実に好きになるぞ――と。
あの時、蓮は恥ずかしそうに「そうかなぁ」と返したのも覚えている。
あれは隼人とした約束だ。という事はやっぱり蓮の「好きな子」は隼人なんだ――。
ズキンと胸が痛んだ。
「トモ?どうした」
急に黙り込んだ俺に、隼人が顔を覗きこむ。
「隼人……蓮とはやっぱりあのまま?」
「あぁ。変わんないな。綾が野球部入る前は全然しゃべんなかったけど。俺が綾迎えに行くと、なーんかグチグチ言うんだ。ホントアイツも応援しなきゃならないのがなぁ〜」
やっぱりまだ蓮は隼人を忘れていない。そんな風に絡むという事はまだ好きなんだ。隼人が。
側にいると隼人をどんどん好きになっていく――それが辛くて一度は離れた。
だけど完全に縁が切れてしまうのも辛く、だからわざとケンカを吹っかけて嫌われようとしてたんだ。
なんだよそれ……ひねくれすぎだろうが……。
「しかもさ、アイツ綾と苗字似てるから「蓮」の方で声かけするんだぜ? なんか変な感じだよ」
「え……」
蓮って呼ぶの? 隼人が?
ずっと早瀬(苗字)呼びだった好きなやつに、突然名前で呼ばれるの?
蓮はどんな気持ちでそれを聞くのだろうか。
「……そっ……か……」
無性に腹が立った。
何も知らない隼人に。
当の本人が忘れている約束を守ろうと必死な蓮に。
何も出来ない自分に。
ずっと、ずっと蓮は隼人を見ていたのに。
こんなに隼人を想っているのに、蓮の想いは隼人に伝わらない。
隼人の為に蓮は甲子園を目指してるのに、隼人は綾瀬君しか見ていない。見えていない。
自分の為じゃなく、綾瀬君の為に応援団まで作った隼人を蓮はどう思っているんだろうか。
隼人の綾瀬君への想いに蓮はいつか気付くだろうか。
その時、蓮はどうするんだろう。
せっかく縁が切れたと思ったのに、綾瀬君が野球部に入って隼人も野球部に絡んで――そして蓮と繋がる。
またズキンと胸が痛んだ。なんだろう、苦しい。切ない。
――嫌だ。
これ以上、蓮を苦しませたくない。蓮にもう傷ついて欲しくない――。
なんで隼人なんだよ。俺だったら――。
――え? 俺だったら? 俺だったらって……何?
「トモ?」
「ごめん、俺……帰る……」
ペタンコなカバンから財布を取り出し、500円を置くと
「釣りは……いいから。じゃ」
「え?! トモ!?」
戸惑う隼人の声を背に、フラフラしながらファミレスを出た。
俺だったら――? だったら何?
俺だったら苦しませない? 傷つけない? だからそれは結局――。
「……っ」
急に胸が苦しくなり、道端に蹲った。
蓮が好きだったんだ。きっとずっとずっと前から。
だから彼女がいても友達がたくさんいても、毎日が遊びまくっても満たされないんだ。虚しいんだ。
蓮が側にいないから。
蓮が俺の事を見てくれないから。
だから俺、こんなにも蓮の事気にしてんだ……。
今更、これまでの自分の行動に納得がいった。なんでこんなに蓮に拘るのか。
何も知らない隼人にイライラしていたのか。
蓮の好きなヤツが、隼人なんかじゃなくて俺だったらよかったのに――。
「……」
深く深呼吸して立ち上がった。
でも俺は蓮とは違う。
振り向いてもらえないなら、振り向かせる。
好きなヤツが、他の奴を想って苦しんでいるところなんて見たくない。
そんな不毛な想いはぶち壊す。
そして傷ついた蓮の心を癒して、奪う。俺だけのものにする。
俺なら絶対蓮を幸せに出来る。
ずっと蓮の事を見て来た俺にしかきっと出来ない。
「お前になんか負けねぇからな……隼人」
俺は決意を胸に、蓮の家に向かった。