蓮に再会し告白したあの日から3日が経った。

「よう。お疲れー」

 午後9時――3日前とほぼ同じ時間に蓮が帰ってきた。

「……何してんだよ……」

 そしてこの前とほぼ同じ、俺の顔を見るなり嫌そうな顔でため息を吐く蓮。
 しかし、俺のテンションはこの前よりも高い。

「おばさんまだ帰ってないみたいだぞ。いつも遅いんだな」

 電気が付いていない、真っ暗な家を見上げそう言う。
 蓮の母親は医師で小学校の頃から忙しい人だった。それでも小学校まではちゃんと毎日家に帰ってきていたが、うちの母親情報によると中学に上がり蓮が一人で何でも出来る年齢になったあたりで、救急指定の大学病院で働き出したらしい。
 それがかなりの激務という事だ。36時間勤務は当たり前のうえ、患者の容態によっては休日でも夜中でも呼び出しがあったり、1週間泊り込みもあるという。
 ということは蓮は現在ほぼ一人暮らし状態というわけだ。
 これに付け入らないわけがない。

「だから? 何?」
「メシ。まだだろ? 作ってやろうかと思ってさ」

 にっこり笑うと、俺は持っていたスーパーのビニール袋を得意気に掲げた。

「はぁ?」

 予想通り過ぎる蓮の反応に、思わず笑いがこみ上げる。

「お前ウチの生姜焼き好きだったろ? 作り方聞いてきたからさ、作ってやるよ」
「頼んでねーし、買って来てるからいーよ!」
「うわ、おにぎり?! 何コレダメダメ。それ朝メシに回して、俺が作るの食え!」

 蓮が手にぶら下げていたコンビニの袋を取り上げると、中に入っていたのはおにぎりが4つと味噌汁のみ。
 さすがにこれはない。散々練習をしてきてこんな晩飯ありえない。
 来てよかったと思った。

「よ、余計なお世話だよ! 返せっ!」
 
 おにぎりの入ったコンビニ袋を取り返そうとする蓮をするっと交わし、

「大丈夫。俺案外料理上手いんだから」
「ちょ、トモ!」

 そう言って蓮よりも先に門を開け、

「早く開けろよー」
 
 玄関先で蓮を呼ぶと、渋々玄関の鍵を開けさせた。

*****

 リビングテーブルに両肘を付き、目の前の蓮の表情をじっと見つめる。

「な、な? 美味いだろ?」
「まぁ……食べれなくはない」

 一口食べた時はビックリした顔をしたクセに、俺がそう聞くと途端にむっとした表情に戻した。
 ご飯を炊く時間はなかったので家から持ってきたものをレンジで暖めたが、メインの生姜焼きは母親に味付けを聞いて一から作った。
 この3日間毎日夕食を生姜焼きにするほど俺はこの日の為に練習したのに、蓮は美味そうな顔一つしなかった。
 蓮がウチでしょっちゅう夕飯を食べていた時、一番好きだと言っていたメニューだから張り切ったのに。

「ごちそーさま」

 しかし仏頂面のままだったが、蓮は結局文句も言わずキャベツ一切れ残さずに綺麗に完食してくれた。

「……」
(なんだよ。全く、素直じゃねーんだから)

 それに気付くと、蓮の行動全てが可愛く見える。今日来た甲斐があったと途端に嬉しくなった。
 全然素直じゃない、意地っ張りなヤツ――それが今の蓮なんだから、仕方ない。
 でも、その蓮が突然笑顔を見せた。

「蓮、部活どう? 楽しい?」
「――!」

 丁寧にお茶まで入れて尋ねるその言い方が面白かったのか、急に蓮が吹き出した。

「なんなんだよ、お前は。おかーさんか何かか」
 
 肩を震わせてクククと笑いを堪える蓮の姿に、うっかりときめいてしまった。

(ちょ、やばい。蓮、かわいーじゃん)
 
 久々に見た蓮の笑顔は、小学校の頃とほとんど変わらなかった。

「ねぇ、どうなの? 楽しいの?」
「楽しい、楽しいから。もうマジ、腹苦しいからその口調やめろって」

 何がおかしいのか分からなかったが、もっと蓮に笑って欲しくて口調をおかーさんモードに変えると、一層笑ってくれた。
 昔から蓮の笑いのツボはどこかおかしかった気がする。

「そっかぁ。ならよかった」
「はー苦しい。もうなんなのお前、何がしたいんだよ」

 蓮は息を整えるようにはーっと長い息を吐くと、背凭れに体を預けた。

「ん? んーそうだなぁ。蓮の笑顔が見たかったのかな。今の笑顔すげー可愛かった」
「……ッ」
 
 ニコニコしながら思わず答えた俺の返事に、蓮がハッとして姿勢を正した。

「――あっ」

 再び微妙な緊張感が二人を包み、せっかく和やかになった空気を自分で壊してしまった事に気がついた。

(やっちまった……。でも可愛かったんだもんよー。しゃーねーじゃん)

 さらっと目の前の子を褒めてしまうのは、俺の悪い癖だ。
 素直に可愛いものを可愛いと言ってしまうのは俺がただ素直なだけなのに、このせいでチャラ男と散々言われた。
 女の子にはそれが受けるらしく、この癖のおかげで早々に好意を持ってくれるのだが。
 まさかそれをここで発動してしまうとは思わなかった。
 しかし、後悔しても後の祭り。

「も、もう気が済んだろ? ご馳走様。もう帰っていいよ」
 
 さっきの笑顔の面影などなく、蓮はまたツンツンキャラに戻ってしまった。

「……」
 
 そうなると、もう開き直ってしまう方が得な気がした。

「ヤダ。まだ帰んねー」
 
 こうなったら貰うもん貰って帰ってやる。

「はぁ?」
「夕食代、もらってねーもん」
「金かよ!! 勝手に来て勝手に作って勝手に食わせといて!」

 頬杖を付きながら不満そうに横目で蓮を見ると、当然蓮は怒って言い返す。

「でも食べたのは蓮。嫌だったら捨てればよかったじゃん。完食しといて食い逃げする気かよ」
「食えって言ったから、食っただけだろッ」
「うるさい。いーからさっさと払え」

 そう言うと俺は、ムキになって体を前のめりにさせて言い返す蓮の肩に手を置き、グイッと引き寄せた。

「なん――ッ」

 そしてそのうるさい口を塞いだ――俺の唇で。

「はい。確かに頂きましたー」
 
 ペロッと舌なめずりながら、唇を離した。
 ほんの数秒間のキスだったが、その効果はあったようだ。

「〜〜〜〜ッ」
 
 蓮は目を丸くしながら、顔を真っ赤にして口元を右手の甲で隠すと、勢いよくイスから立ち上がった。

「お前隙ありすぎ。お前の事好きだって言ったヤツ、簡単に部屋に上げるなよな」

 立ち上がってそう言い、ニッと笑うと、

「おおお前が勝手に入ってきたんだろうが!!!」
 
 口元を隠したまま、蓮は焦ってガタガタとテーブルとイスに体をぶつけながら俺から遠ざかる。

(何その動揺。こいつこんなに可愛いかったんだー)

 いつも必死に冷静を装っている蓮の、そのハンパない動揺っぷりが余計に愛しく思えた。
 その手を無理矢理どかして、真っ赤な顔をしている蓮にもう一度、今度はめっちゃ舌を絡ませたキスをしたくなった。

――が、

「じゃ、お代頂いたんで今日は帰るよ。じゃーまたな」
(うおー、やばいやばい。キス出来ただけで上出来なんだから。慌てるな)

 予想以上に蓮にときめきいている自分に必死に言い聞かせ、笑顔で蓮の家を出た。

「二度と来るな!」と言う蓮の怒声を背中で聞きながら――。
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