その2日後。
 俺はまた懲りずに食料を持って蓮の家に行った。

「おいーっす! お疲れっ」
「……二度と来るなって言ったよな」

 定番化したようなやり取りに、蓮が呆れたようにため息を吐いた。

「今日お前誕生日だったろ? だから今日はハンバーグ! ケーキも買ってきたぞー。ホラ、早く家入ろーぜ!」

 たまたま今日が蓮の誕生日だという事を思い出し、慌てて買ったケーキボックスを翳しながら、俺はいつものように強引に蓮の腕を取った。
 ――が、蓮はビクッとして思いっきりその手を振り払った。

「や、やめろよっ。もう俺に構うな。帰れッ」
「蓮?」
「ホントもう来るな! 帰れ!」

 今までなんだかんだ言って俺の事を拒否しなかったのに、今日に限って頑なに門から中に入れようとしない。
 この間のキスのせいなのか、蓮の反応が過敏に見えた。

「お、蓮。もしかして俺の事意識してくれるの?」
「ち、違ぇよ! ウザイだけだ! なんなんだよお前は。もう帰れ。これ以上俺に構うな」

  意識してくれるのは大歓迎だけど、頑なに俺を拒む蓮の態度にお気楽キャラで押し切ってもこれは無理だと感じた俺は、仕方なく作戦を変えた。
 今更拒まれてももう後戻りできない。
 本当はご飯を食べた後話をしようと思っていたけれど、仕方ない。

「なぁ、お前部活楽しいって言ったよな」

 声のトーンとテンションを落とした。
 ちゃんと話をするしかない。

「あぁ言ったよ。それがどうした」
「綾瀬君がいても?」

 綾瀬君の名前を出した途端、蓮の眉がピクッと動いた。

「か……和哉が入ってきてから部活の士気が上がったし、すげーいい感じになってる。……アイツは大事なチームメイトだから……だから小木津の事で和哉を特別意識する事なんてねーよ」
「じゃぁ甲子園は? 行けそう?」
「かもな。このままレベルが上がっていけば、可能性はなくはない。だから俺の邪魔――」
「でもさ。お前そんな毎日コンビニとか外食とかで、本当に甲子園行けると思う? 体力付くと思う? 野球に集中出来んの?」
「え?」
「甲子園、行くんだろ? そのために隼人追いかけて喜多川行ったんだろ? 今の状況で、本当に行ける?」

 隼人の名前を出すと、分かりやすく蓮の顔色は変わる。

「な……」
 
 真っ赤になって、息を飲む。
 そんなにアイツが好きなのかよとイラッとするが、今は俺もそれを認めないと話にならない。

「甲子園行って隼人との約束果たさないと、お前吹っ切れねぇんだろ?」

 きっと蓮の中では隼人とどうこうなりたいという事までは考えていない。でもそれでも蓮が隼人を好きなのは間違いない。
 本人は覚えていないくらいの些細な約束。
 そんな幼い頃何気なく交わした約束を果たす為に、一緒の学校を目指すほど好きなんだ。
 だからきっと、それを果たさないと蓮の心は小木津から離れない。
 小木津に好きな人がいても叶わない想いだと分かっていても、その約束がある限り蓮の心は開かない。

「だから仕方ねーから、俺もその約束叶える為に協力するよ」

 でもだったら、さっさとそれを叶えさせてしまえば終わると考えた。

「え?」
「言ったよな。俺はお前の中から隼人追い出したいって。だからお前が隼人吹っ切れるように協力するの。絶対お前を甲子園に行かせる」

 別の男とした約束に協力するなんて複雑な気持ちにもなるが、蓮の固く閉じられた心の鍵が「甲子園に行く事」なら手伝うしかない。

「トモ……」
「手始めに、お前の不摂生な日常生活を改め、野球に集中出来る環境を整える。ということで、今日から俺ココに泊まりこむ事にした」

 戸惑う蓮に、俺はにっこり笑って足元に置いていた大き目のボストンバックを肩に掛けた。
 もちろん、ただで協力なんてしない。
 甲子園への道の途中でだって、チャンスがあればガンガン押していくつもりだし、罠だって仕掛けるつもりだ。
 一緒に暮らしていくうちに隼人より俺の方を好きになってくれれば、願ったり叶ったりだ。

「え、お前何言って……」
「おばさんにはもう許可取ってある。助かるって言われちゃったよ。お前の身の回りの世話は全部俺がするから、お前は野球だけに集中すればいいってわけ」
「そんなのいつの間に……」

 突然の展開に蓮が目を丸くする。

「忘れた? 思い立ったらすぐやらないと気が済まない俺の性格」

 予想通りの反応に、得意げに笑ってみせた。
 一昨日、学校帰りに直接病院に蓮の母親に会いに行った。そして直談判してきた。
 今まで料理も洗濯もまともにしたことはない。でも今必死で母親に習っている。
 だから蓮の為に――本当は自分の為だけれど――蓮が野球に集中出来るよう力になりたいと。
 蓮と一番仲が良くずっと一緒にいた俺の事を覚えていてくれたおばさんは、少し躊躇ったが意外とすんなり承諾してくれた。
 蓮の世話が出来ていない自覚があるからかもしれない。

 「もう決めたんだよ。お前は野球に集中出来る。俺はお前と一緒にいられるし、ついでに夕食代で毎日チュー出来るし、お互いいい事づくめじゃん。毎日顔を合わせている隼人と張るんだから、学校が違う俺はこのくらいしねーとお前の中に入っていけねーだろ」

 どんなに頑張ったって、学校が違う俺は蓮と一緒にいる時間は限られる。
 学校も一緒で、野球部にしょっちゅう顔を出している隼人を蓮の心から追い出すには、俺にはハンデが多すぎる。
 だったらいっそ一緒に住んでしまえばいいんじゃんと考えた。学校だって家から通うのと変わりないし、実家も近いから不便はない。
 おばさんからOKを貰った後で両親に話をした時は、同級生の家に居候、しかもほぼ二人暮らしのような状態になるという事にかなり渋られた。
 しかし、今まで毎日遊んでばっかりで生活が荒れていた俺が、親友の力になりたい、遊びもやめて学校も真面目に行くと力説したら、ようやく許してくれた。
 蓮が真面目でしっかりした優等生だと両親も知っているから、その信頼もあったのかもしれない。

「まぁ誕生日プレゼントに、便利なイケメン家政夫もらったと思えばいーじゃん」
「いや、いや、でも俺はそんな事頼んでねーからっ」
 
 すでに周りをがっちり固めているのに、頑なに蓮は認めず戸惑いながら首を振り続けた。

「それにいきなりあんな事してくるヤツなんか……何されるかわかんねーだろうが……」
「あー……そいうこと」

 急に口ごもる蓮に、思わず苦笑いしてしまった。
 まぁ、蓮の気持ちも分からないでもない。
 自分の事が好きだと、突然キスしてくるような男と一つ屋根の下暮らす――それが例え幼なじみでも不安がるのが当たり前だ。
 しかも、それが俺の狙いだと分かっているのだから尚更。
 でも、コレしか方法がないのだから仕方ない。

「んー……じゃぁ、お前からOK出るまでキス以上の事しねぇって約束する。我慢するよ」

 蓮が心を開いたあたりで、なんだかんだ言いくるめて手を出してしまおうと企んでいた俺としては、涙が出るほど譲歩した条件だった。
 今はとにかく蓮の信用を得る方が先なので仕方ない。
 とにかく同居に持ち込めば何とかなる。逆にここを突破しないと話にならないのだから。
 
 「そ、そーゆー問題だけじゃなくて」
 
 それなのにまだ渋る蓮に、俺は最後の手段に出ることに決めた。 

「……断ったら、綾瀬君にお前の気持ちしゃべるぞ」
「え――」

 こんな事出来れば言いたくなかった。
 卑怯な手は使いたくなかった。
 自分の評価が下がるだけだから、正統派で行きたかった。
 でも、手段を選んではいられない。
 
「ごめん。こんな手使いたくねーんだけど、俺も必死なんだよね。で、どうする?」
「――くっ」

 絶句し、悔しそうに唇をかんだ蓮と対照的に俺はニコッと微笑んだ。

「おし、決まりだな! じゃ、これからもよろしく」
 
 そして食材の入ったビニール袋とボストンバックを持って、俺は門を開けた。
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