「……」
時計を見ると、もう7時を過ぎていた。
7時か……。
いつも放課後まっすぐ蓮の家に帰っていたので、こんな時間まで遊ぶのは久しぶりだった。
涼も、涼の連れてきた女の子達もすごく楽しそうに盛り上がっていた。
しかし俺はちっとも気分が晴れなかった。
気分転換どころか、ずっと蓮の事を考えていた。
どうすれば許してもらえるのだろう…。
いや、あれは俺の本気だったんだから、許してもらう必要なんてない。
しかし蓮の気持ちを無視して――
カラオケに来て2時間。ぐるぐる一人で同じ考えを繰り返すばかりだった。
「ごめん。俺トイレ」
次第にカラオケの騒音に頭が痛くなり、トイレに行く振りをして席を外した。
部屋を出てふぅ〜とため息を吐くと、
「朋久君っ」
一緒に来ていた女の子が後を追って部屋を出てきた。今日初めて会った涼の連れの友達だ。
もう片方の子は明らかに涼狙いで、ずっと涼といちゃいちゃしている。
だから、必然的にこの子が俺の担当と言うことで。
「なんかあの二人、いい感じみたいだし……お邪魔じゃないかなって思って。出てきちゃった」
彼女はもじもじと恥じらいながらそう言って上目使いではにかんだ。
「……そう」
目はぱっちりしてるし控えめなメイクで、確かに彼女は可愛いかった。ギャル好きの涼が連れてくるにしては珍しく純粋そうな普通の子だった。
「私も……朋久君の事かっこいいなって思ってて。……だから……その、このまま私たち抜けない?」
黙ってただ彼女を見つめている俺に、彼女はそう言いながらそっと腕を絡めてきた。
絶妙なさりげなさで、俺の腕を自分の胸にそっと当てる。
「……」
なんだろう。蓮に拒否られて充分溜まっているはずなのに、ちっとも惹かれない。
こんな状況なのにちっともムラムラしない。
グロスが光る可愛い唇なのに、キスしたいとも思わない。
決して可愛くないわけではないのに。
「ねぇ、朋久君……」
意外と積極的な彼女は、上目使いでじっと俺を見つめた。
その目は明らかに俺を誘っている。
視線での誘い方といい、さりげなく自分の躯を触れさせるなど、純粋そうな雰囲気だけど結構慣れているなと思った。
本気になられたら困るし、好きでもない子に手を出すのはもうやめようと思っていたけれど――。
「……そうだね」
さりげなくロビーの陰に誘い、誘われた振りをしてその可愛い唇にキスをしてみた。
ちょうどいいから溜まっているものを吐き出させてもらおうかなと思ったし、なんとなく蓮と比べてみたかった。
自分の気持ちを確かめてみたかった。
「ん……」
重なる唇も、抱きしめる躯もどこも柔らかい。
しばらくご無沙汰で忘れていたが、これが普通のキスだ。
これが女の子とのキスだ。
「ん……っ」
舌を入れやすいようにか、彼女は最初から薄っすら唇を開けていたので、ご要望にお答えして舌も絡めた。
昨日と――蓮にしたのと同じように。
――が。
やっぱりちっとも興奮しない。逆に昨日の事を思い出すのに意識がいってしまう。
背中に回された手から、彼女の反応が伝わる。
それは昨日と一緒だ。
なのに、何の感情も湧かない。申し訳ないけれど、下半身だってピクリともしない。
冷静に「何してんだろう、俺……」と心の中で呟いた。
――蓮のと全然違う。
昨日、あの時俺はどうしようもなくムラムラした。
蓮にキスしたかった。そして夢中になった。舌先が触れただけでたまらなく興奮した。
そしてそのまま蓮が欲しいと思った。
それは蓮だからだ。
溜まっていたからでも、誰でもよかったわけじゃない。
――やっぱり蓮が好きだ。蓮以外いらない。欲しくない。
「っ!」
そう思うと蓮以外の子とキスをしている今の状況が急に気持ち悪くなり、密着していた唇と躯を離した。
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、
「……私、いいよ?」
俺が興奮して慌てたと思ったのか、うっとりした瞳で見上げ、照れ臭そうにはにかんだ。
このまま二人で抜けようという意味だろう。
今の雰囲気なら当然の流れなのだろうけれど。
「ごめん、俺急用思い出したから帰る」
俺は彼女に背を向け、急いでカラオケ店を出た。
「えっ?! ちょっとぉ、うそでしょ!?」
後ろから彼女が非難する叫び声が聞こえたが、気にしていられない。
このまま蓮から逃げちゃ、また中学の時と同じだ。
――多分蓮は帰ってきてない。今から帰れば夕食の準備にまだ間に合う。
俺はダッシュで蓮の家に向かった。