「あれ? 電気付いてる。おばさん帰ってきてるのかな」

 いつもは真っ暗な明かりのない家の玄関に明かりが付いていた。

「え? あれ?」

 おばさん今日はフルだから遅いって聞いてたけど……と不思議に思いながら玄関を開けると、俺が持ってきたスポーツバックが玄関に置いてあった。

「なんでここに……?」

 バックを開け中に入っている荷物を確認していると、リビングから蓮が出てきた。

「――遅かったな」
「蓮!? え、なんで?! 部活は?!」

 心の準備もなく蓮と顔を合わせ慌てるが、

「そんなのどーでもいいだろ。それよりそれ持って出ていけ」
「え――」

 冷たい口調で連にそう言われると、スーッと血の気が引いていき、一気に冷静になった。
 蓮が、俺を追い出す為に部活を早退してきた事を悟った。

「ご、ごめん! 悪かった! あの俺」

 こういう展開も予想していた。蓮に叩き出されるかもしれないと。
 しかし、一番大事なこの時期に部活を休んでまで、俺を追い出したいと思った位蓮を傷つけてしまった事にかなりショックを受けた。

「もうお前と一緒にいられない。早く出ていけ」
「本当に悪かったと思ってる。調子に乗りすぎた! でも俺誰でもよかったわけじゃなくて、お前が好きだからで、我慢できなくてそれで」

 だから必死で謝った。謝っても許してもらえないかもしれないけれど、それでも蓮を想う自分の気持ちだけは分かって欲しかった。
 でも。

「うるさい! もう二度と俺に関わるな! 俺はお前なんか嫌いなんだよ、お節介!」

 『嫌い』だというその台詞に、今日一日ぐるぐるしてがんじがらめになっていた思考の糸が、とうとうプツンとキレてしまった。

「――お前は嫌いな奴の作ったメシ、旨いって言って食うのかよ」
「は?」
「嫌いなら最初から受け入れるなよ! 簡単にキスさせんなよ! 期待させんなよ!」

 怒りに任せて、足元にあったスポーツバックを蓮に投げつけた。

「ちょっ、お前何開き直ってんだよっ!」
「だいたいお前だってちゃんとキスさせねーのが悪いんじゃん! 溜まった分まとめてもらっただけだよ! 最初の契約通りじゃん!何が悪いんだ!」
 
 そもそも蓮がキスさせてくれないから暴走したのであって、それは蓮のせいだ。
 最初からその約束だったんだ。
 そうだ。俺は悪くない。
 いつまで経っても警戒してなかなか笑ってもくれないし、欲求不満もストレスも溜まるっつーの!

「そもそもそんな約束してねーし! それにお前ちゃんとバイト代もらってんだろーが!」
「あれはおばさんがどうしてもっていうから受け取ってるだけだ! それでお前がキスさせてくれねーっていうなら、もう貰わないよ! やめるよ! そんな金いらねーし!」

 金が欲しくてやっているんじゃない。
 蓮の為にやりたくてやっているんだ。そんなことで蓮との仲が悪くなるんだったら、そんなものいらない。

「その代わり、どうしてもっておばさんに言われたら、俺ハッキリ言うかんな。 お前と一緒にいる時間とキスはプライスレスなんでってさ!受け取るとなんもさせてくれねーから困るって言うかんな!」
「お、脅す気かよっ」
「なんとでも言え。俺はお前の側から離れねぇって決めたんだ。何だってやる」

 蓮に会うまではまでは半ば諦めていた。
 この想いは押し殺しても、友達として蓮の側にいられればそれでいいと。
 蓮が許してくれるなら、もう友達で構わないと。
 でも、こんな喧嘩別れで俺の気持ちにケリを付けられるわけない。

「そ、そんな事言ったら、逆に母さんお前を近づけなくするかもしんねーぞ!?」
「いいよ。それでも俺の気持ちは変わらないって言う。蓮が好きで好きで仕方ないんだって言う。お前を不毛な恋いから救いたいんだって説得するから」
「やっぱり……脅してるんじゃねーか」
「俺にはその覚悟もあんだよ。本気でお前が好きだから」
「……ずりぃぞ。そんな……」

 脅しが利いたのか、俺の本気が伝わったのか、蓮の勢いが急になくなった。

「本当に悪かったって思ってる。だけど……俺が本気でお前のこと好きなんだって……その気持ちは分かって欲しい」

 視線を落とした蓮を、まっすぐ見つめた。
 蓮の気持ちが落ち着いてくれれば、俺だってちゃんと話し合える。謝れる。

「もう……あんな事しねーから……多分」
「多分?!」
「だって! 好きな奴が目の前にいたら、絶対って言える自信は正直ない……」

 また何かの拍子に理性が吹っ飛んでしまう可能性は否定できない。
 今更適当な事を言っても信用してもらえないと、情けないが正直に言った。
 蓮に信用してもらうには、もう嘘はつけない。誤魔化せない。
 100%の自分を曝け出さないと無理だと思った。 

「でも俺、お前に嫌われたくないから……」
 
 今日一日で充分思い知らされた。
 蓮を失う事だけは耐えられない。
 高校に入って、疎遠になったついでに蓮の事など忘れてしまおうと思っていたのに、忘れられなかった。
 ずっと蓮が心の片隅にいた。
 好きだと気づいて、会いたくなって、顔を見たら気持ちが止められなくなってしまった。
 ――だから、側にいられる為なら。

「だから出来るだけ頑張る。耐えるから。だから蓮の側にいさせて欲しい」

 惚れた弱みと言うやつなのか、女々しいのか、諦めが悪くしつこいせいか、情けないけれど――どうしても蓮の側を離れたくない。
 
「……」

 頭を下げ必死に説得する俺に、蓮ははーっとため息を落とした。
 そして。

「……怒鳴ったら腹減った」

 そう言い捨てると、背中を向けリビングに戻っていった。

「え、蓮!?」

 一瞬蓮の態度の意味が分からず、その場にポカンと立ち尽くしてしまったが、
 
「トモ! 腹減ったって言ってんだろ!!」

 リビングから自分を呼ぶその声に、ハッとして涙が出そうなくらい感激した。
 
「お……おう! すぐ作るなっ!」

 そして、慌ててリビングに駆け込んだ。

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