賑わっている三塁側外野応援席。
その中で一際目立つ人物に、声をかけた。
「おーい! 隼人ぉー。お前の団服姿見に来たぞ」
「おー、トモ! 来てくれたんだ」
人混みをかき分け、応援団服に身を包んだ隼人が、俺を見て笑顔で駆け寄ってきた。
暑くなりそうな綺麗に晴れた空の下、俺は喜多川高校――蓮のチームの、記念すべき第一試合を観にやって来た。
そこの応援団長の隼人は、サイドの髪を後ろで結っていて、きれいな顔がより強調されていた。
しかも丈の短い真っ黒の学ランに白のたすきという、オーソドックスな応援団姿なのに、全くムサ苦しさがない。
笑顔がまたムカつくほど爽やかだ。
話を聞いた時、さすがの隼人もムサくなるだろうと想像していたのに、隼人は団服姿を完璧に着こなしていた。
応援席はこの隼人目的だと思われる他高の女の子で溢れ返っている。
今こうやって一緒にしゃべっている間も、すごく女の子の熱い視線を感じる。
長く一緒にいるが、こんなに隼人のかっこよさを痛感したのは初めてだった。
「お前って本当に男前なんだなぁ」
桁外れの隼人の容姿に感心するも、これじゃ蓮が惚れるのも無理ないか、と思うとなんか無性に腹が立った。
――俺の蓮を弄びやがって、このタラシがっ。
「ショートが和哉なんだ。活躍するから注目してくれよ。あ、ショートってあそこな」
でもそんな隼人は綾瀬君に片想い中なわけなのだが。
いつの間にか名前で呼んでいるし、仲も順調に進んでいるのだろうか。
少しは蓮の事も気にかけろ、とさっきと矛盾した文句を心の中で呟く。
「すげー上手いから! びっくりするから」
そんな上機嫌な隼人の綾瀬君語りを聞いているうちに、喜多川高校の守備練習時間になった。
「あ、和哉出てきた。じゃーな、トモ!」
ナインがグラウンドに散ると、隼人は綾瀬君に声をかけるため、きびすを返した。
「あ、おい、隼人」
その後ろ姿に、思わず声をかけた。
「何?」
「あー……蓮にもさ、声かけてやれよ。一応昔からの友達だろ」
「早瀬?」
余計なことを言っていると思ったが、それで少しでも蓮の力になるならと考えてしまった。
俺じゃないとそんな事頼めないし、なにより情けないが、まだ俺ではたいした蓮の力になれない。
そんな突然の俺の言葉に隼人は数秒考えると、
「おう、そーだな。わかったよ。じゃ!」
そう言って、応援席に戻っていった。
――あ、蓮だ。
俺は俺で蓮を見つけると、応援団から少し離れた適当な場所に座った。
なんとなく喜多川の応援席の近くにはいたくなかった。
離れた場所で落ち着いて、蓮の姿を見ていたかった。
初めてみるユニフォーム姿。すごく似合っていた。
ユニフォーム姿だけじゃなく、蓮のプレーも初めて見る。
中学の時は、とうとう一度も見に行けなかったが、今年は全試合を見に行く意気込みだ。
――ん?
と、ノックの順番が来る間、蓮は何度もスタンドを見渡していた。
――人の多さにびっくりしてんのかな。
喜多川高校の応援席は、一回戦にも関わらず、スカスカの相手高校と対照的に、満員といっていいくらいに人が入っていた。
半分は隼人目当ての女子高生と、可愛いメンバーばかりのチアガール目当ての他校生のようだが、毎年初戦敗退の弱小校なのに、応援席は常連校ばりの賑わいだった。
そんな応援席を眺めているのだと思っていた。
「あ」
そんな蓮とふと目が合った。
思わずにっと笑って手を振ると、蓮は慌ててすぐに目を逸らした――が、逸らした瞬間、蓮の口角が上がったのを俺は見逃さなかった。
――え……まさか俺の事、探してたとか?
ドキ、と胸が鳴った。
まさかとは思うけれど、でも確かに蓮は笑った。
隼人じゃないんだぞ。
俺を見て、だぞ?
小さい球場だとしても、隼人とは場所が離れているので勘違いなんかじゃない。
なにそれ、嬉しすぎる…。
俯いてにやける顔を必死で隠すが、余計に頬が緩んでいく。
隼人の男前っぷりに圧倒され、負けを認めざるを得ない状態だったので、その中で自分を捜してくれたのだと思うと、堪らなく嬉しい。
あのイケメン天然タラシに、勝った気分にさえなった。
にやける口元を必死で真一文字に結び、レフトにいる蓮を見つめた。
思わぬラッキーハプニングで蓮とディープなキスを交わし、さらに蓮のものを扱き解放させたあの夜から1週間。
確実になにかが変わってきている。
「早瀬!」
そんな蓮をニタニタしながら眺めながめていると、守備練習時間が終わりナインがベンチに戻っていた。
その途中。
応援団の前を通った蓮に隼人が声をかけた。
「え?」という顔をして蓮が隼人を見上げると、
「てめぇもしっかりやれよ!」
約束通り隼人は、蓮にそう言ってくれた。
驚いているのか、蓮はしばらくぽかんとしていたが、それを見て俺の方が無駄に緊張してしまった。
蓮は今どういう気持ちなんだろう。
ときめいちゃったりしたかな……。
ズキッと胸が痛み、泣きそうなくらい悲しい気持ちにもなったが、俺は蓮から目が離せずにいた。
すると突然、蓮がハッとした様子で、スタンドを見上げた。
――え?
そして俺を見つけると、キッと睨みつけ、ふいと顔を逸らすとベンチに戻っていった。
――え、え、何で??
俺が隼人に頼んだことがバレたのだろうか。
――照れ隠し、かなぁ。
蓮の事だから、余計なことをしてと怒ったのかもしれないと思ったが、この試合中はもちろん、終了後も蓮が俺の方を見てくれることはなかった。