青春の思い出

喜多川高校修学旅行編。
和哉との旅行に浮かれ気味の小木津の話です。
モテモテイケメンが、受けに翻弄される姿は愛しいですよね(^^)

「和哉!」

 次々と入ってくる喜多川の生徒でごった返す動物園正門で、一人で佇む和哉に笑顔で手を振った。

「小木津」

 俺の姿を見つけた和哉がにこっと微笑み小さく手を振った。

――うわぁ、めっちゃめちゃ可愛い〜〜!
 
 精一杯の笑顔で和哉に駆け寄ると、

「おう、小木津」
「やっぱお前待ちかよ」

 和哉の周りから石岡と早瀬が湧き出てきた。

「なんでお前らが……」
 
 野球部主将の石岡、そしてなにかにつけ絡んでくる天敵・早瀬。
 そしてさらに俺の後から同じクラスの野球部員、勝田も「お待たせー」とやって来た。

「え? え?」

 どういう事かと目を丸くしていると、

「みんなも一緒に回ろうって」

 邪気のない笑顔でそう言われ、俺は一瞬眩暈がした。
 初めての和哉との2泊3日の北海道旅行に、俺は心を弾ませていた――修学旅行だけど。

 和哉と恋人になって4ヶ月。
 今までまともにデートをしたことなかったし、3日も一緒に過ごす事にそれはそれは楽しみにしていた。
 施設見学や自然体験学習等はクラス単位になるので、B組の和哉とD組の俺は離れ離れ。
 クラスは違うから、多少は不便な事は覚悟していたが、今日・2日目の動物園と明日最終日の小樽散策での自由行動では、
 男女カップルと違う強みと言うか、男同士という利点を使い、和哉と一緒に過ごそうと思っていた。
 ついでに、宿泊ホテルでも人目を避けてイチャイチャもしたり、色んな甘酸っぱい思い出を作ろうと期待でいっぱいだった。

 それなのに、和哉の周りにはいつもあいつらがいた。
 和哉との擬似デート。北海道の有名動物園見学もその1つだったのだ。
 色んな動物を見ながらはしゃいでいる和哉は、もうそれはそれはめちゃくちゃ可愛いかった。
 一緒に写真を撮ったり、さりげなくおそろいのキーホルダーを買っちゃったり、それなりに楽しいっちゃ楽しかった。
 たまに二人っきりになれた時はあったけれど、その時の和哉の笑顔もどことなく恥ずかしそうで、初々しくて可愛かったけれど。
 どうにもその笑顔を独占出来ない事が不満だった。
 俺が側にいるのに、石岡や早瀬と笑い合っているのを見ているのが気に入らなかった。

――俺ってこんなに嫉妬深かったっけ……。

 和哉はとても楽しそうにしているし、そもそも修学旅行なので周りに人がいっぱいだし仕方ないのだけれど、近くにいるのに和哉が遠い存在になった
ような気がして、俺はテンションが下がっていく一方だった。

***

 その日の夜、同室の磯原ら3人で風呂に行こうとホテルの廊下を歩いていると、ちょうどラウンジで部屋に戻る途中の和哉に会った。

「あ、和哉」
「小木津――と磯原君。今からお風呂?」
「綾ちんは風呂帰り?」
「うん。今日のお風呂、すっげー広くて気持ちいいよ」

 風呂上りという和哉はホコホコと暖かそうで、顔もトレーナーから覗く肌もうっすらピンクがかっている。
 和哉と同中で、1年の時も同じクラスだった磯原と和哉が会話を交わしている横で、俺はつい和哉に見惚れていた。

――やっばい、くそ色っぽい〜〜。
 
 こんな色っぽい和哉の裸を見た不特定多数の男どもに理不尽な怒りを覚えると同時に、前回のエッチからもう半月ほど経って欲求不満でいる俺の前にそんな姿を晒され、頭がクラクラした。

「小木っちゃん? どうした?」

 呆けた顔をして和哉を見ている俺に磯原が首を傾げると、

「あ、ごめん。俺ちょっと和哉に話あるから、お前ら先行って」

 ハッとして俺は磯原にそう言った。

「あ、そう? じゃ、先行ってるな」とあっさり承諾して風呂場に向かう磯原達を見送ると、俺は和哉の肩を抱いてそそくさと和哉を近くのソファに座らせた。

「何? 話って」

 きょとんとして俺を見上げる和哉の視線にムラッとしてしまい、思わず視線を逸らした。
 ここがホテルのラウンジじゃなかったら、俺の部屋だったら俺は野獣化していただろう。
 コホン、コホンと咳払いをして、息を整える。

「い、いや、あのさ。明日の小樽散策、また石岡たちと一緒なのかなって思って」

 明日が最終日。
 和哉とデート出来る最後の自由時間(チャンス)。
 今日の事で遠回しに言っても和哉には伝わらないと知ったので、ストレートに言った。

「俺、お前と二人で回りたいんだけど」 
「あー……」

 途端に和哉が顔を赤らめ視線を外したので、よし、これは通じた!と心の中でガッツポーズを決めた。

――が。

「いや……こういう時はさ、みんなでいた方が楽しくない?」
「……へ?」

 和哉の言葉に、笑顔が固まった。

「ホラ、お前と思い出作りたい人もいっぱいいるみたいだし……どのみち二人っきりは無理でしょ」
「そ、そんなヤツら放っておけばいいじゃん」

 和哉が言っているのは、行く先々で「一緒に写真撮ろうよ」と言ってくる女の子の事だ。
 今日も何人もの子に声をかけれらた。
 しかも和哉をシャッター係にするバカもいて、物凄く腹が立った。
 聞こえない、気付かない振りもしたが、和哉が「お前と写真撮りたいって」と言ってくる。
 だから仕方なく笑顔で対応していたが、正直ウザいし、煩わしかった。
 その間、石岡や早瀬が和哉と一緒にいてくれるから、和哉を一人で放置させないで済んでいると言えばそうなんだけど。

「ダメだよ! せっかくの修学旅行だもん、楽しい思い出作って欲しいじゃん」

 和哉曰く、この旅行は滅多に作れない俺との思い出を作るチャンスなのだそうだ。

「お前は人気者なんだから仕方ないだろう」と言われた。
『友達たくさん、和気合い合い』の学校生活に憧れを抱いている和哉からしたら、それが知らない子でもそういう小さな思い出作りの邪魔をしたくないのだろう。
 でもそっちに気を使っていては、自分達の思い出は、青春の1ページはどうなる?
 そんなの俺の知ったことか。

「でもさぁ。だったら俺らの思い出はどうなるわけ? 俺もお前と楽しい思い出作りてぇよ」

 情けないけれど、自分達を犠牲にすることないじゃんと、拗ねるように呟いた。

「お前と二人で作る思い出ならさ、二人の時にいっぱい作ればいーじゃん。それに……なかなかチャンスない中でさ、こんな風に不意に二人になる方がさ……なんてゆーか俺は思い出深い……けどな」

 しかし、和哉は照れ臭そうにそう言いながら視線を落とし優しく微笑んだ。
 その台詞に思わず感心してしまった。

――なるほど……。確かに大勢いる中で、不意に二人の世界になるってゆーのも……いいかも。

 和哉も、友達と旅行を楽しみたいという気持ちと同時に、俺と一緒にいたいという思いも持ってくれていた。
 だから不意に二人っきりになった時、“二人っきり”を急に意識しだして、和哉は恥ずかしそうにしていたんだ。

――あぁやっぱり俺、和哉の事が好きだ。

 和哉が愛しすぎてたまらない。
 抱きしめたくなって、思わず手が出かかった。

――おっと!! ダメだろ!
 
 慌てて手を引っ込め、ドキドキしながら和哉を見つめていると、

「それに俺はその……いつでもお前の事、独り占め出来るし……へへ」

 和哉はそんな可愛い台詞を吐きながら、俺を見上げ笑いかけた。

 ボン、と頭が爆発した。確かに爆発する音がした。
 噴火だ。
 これはやばい、だめだ。溶岩のように和哉への想いが溢れ出る。我慢出来ない。

「和哉、ちょっと来て!」

 バッと立ち上がると、俺は和哉の手を引いて来た廊下を急いで戻った。

「え? 小木津?」

 今なら同室のヤツらは風呂に行っているので部屋には誰もいない。
 俺が鍵を持っててよかった。

「え、ちょっと、何? 小木津っ?!」
 
 慌てて鍵を開け和哉を部屋に引き入れると、すぐに抱き寄せキスをした。
 角度を変え夢中で唇を重ねる。和哉が手にしていた荷物が敷かれていた布団の上に落ちた。

「んっ、ちょ、小、木……っ」

 和哉は必死で抵抗するが、ぐっと力強く抱きしめ逃がさない。

「んっ、は……っ」

 舌を吸い上げ絡ませると和哉の抵抗が弱まり、そのまま崩れるように和哉と一緒に布団に倒れた。

「ちょ、小木、津……っ、まずいって……っ」

 トレーナーの中に手を入れると、ビクッとしながら、和哉が慌てて手を押さえた。

「大丈夫だよ。バレねーって」

 女の子を部屋に入れるのはまずいけれど、男なら見られたって問題はない。
 あいつらが帰ってくる前にこのまま――。

「あっ、やっ……」

 トレーナーの中を這う俺の手を押さえようとする和哉の抵抗は力なく、ほとんど意味がなかった。
 首筋にキスを落としながら、指先が胸の先端に触れると、それをピンと軽く弾いた。

「あ……っ」

 同時にビクッと和哉の躯が波を打つ。
 その反応に、思わずゾクッと体が痺れた。
 
「和哉……好きだよ……」

 このままイケる!と思った瞬間、布団の上に散らかった和哉の荷物の中からブーッブーッと、バイブレーションの低い音が聞こえてきた。

「お、小木……っ、携帯、携帯鳴ってるから……!!」
 
 無視してしまおうかとも一瞬思ったが、

「俺、班長だし! なんかの連絡だったら、まずいだろっ」
「……ちぇっ」

 その訴えを無下には出来ずに、仕方なく和哉を解放した。
 携帯所持がOKになった背景には、カメラ代わりという機能と別に、班の連絡用に使うという条件があった。
 持ち込む電話番号は引率の教師に教えるので、なにか旅行日程に予定に変更があったら教師から、班長が呼び出される。
 そうそうあることではないが、もしもという事がある。

「はい、もしもしっ」

 俺の下から逃げるように這い出た和哉は、慌てて携帯を取った。

 「――あ、蓮か。え今? う、うん。大丈夫……」
――なんだよ、クソ早瀬かよっ

 電話の主に、思わずチッと舌打ちをした。
 和哉は知らないが、早瀬は俺の幼なじみで親友の朋久といつの間にかデキていて、その朋久を通じて俺たちの関係も知っている。
 小学校まではそこそこ仲が良かったのに、中学くらいから早瀬は何かと言うと俺に絡んでくるようになり、彼女とか気になっている女の子とかにちょっかいをかけたりする嫌なやつになった。
 なので、早瀬が和哉と一緒にいるのを見るたびまさかと思い、ずっと警戒をしていた。
 早瀬の事を愚痴った朋久から「蓮と付き合っている」と告白された時も、にわかには信じられなかった。
 その後本当に二人が付き合っている事を知るとホッとしたが、しかし依然として早瀬が俺らの仲を邪魔をしている感が拭えず、どうにも気に入らない。
 そんなやつがこのタイミングで和哉に電話をかけるなんて怪しすぎる。
 もしかしてわかっていて邪魔したのでは――と勘ぐりたくもなる。

「え? あ、うん……いる、けど……わかった。――小木津」

イライラと電話が終わるのを待っていると、和哉がそっと携帯電話を差し出した。

「え? 何?」
「蓮が、小木津に代ってって」

 そう言われ、ピンと来た。
 やっぱり俺らの邪魔をしたのか。

「……てめぇ、やっぱり俺がいるってわかって和哉に電話したな……」

 部活と言う障害に阻まれ、なかなか抱くことが出来ない和哉と半月振りのチャンスを早瀬のせいで潰され、そう文句を言わずにはいられなかった。
 しかし、早瀬からも罵声が返って来た。
 
『お前こそ時と場所をわきまえろ。少しは自分がどんだけ人に見られているか気づけ。ドアホ!!』
「はぁ?!」

 和哉との擬似デートもエッチするチャンスも悉く潰され、さらに理不尽に怒鳴られていい加減ブチっと怒りの緒が切れた。

「てめぇ、ちょっとトモと会えないからって俺らの邪魔すんじゃねーよ! 毎日イチャイチャ三昧のお前とは違うんだよ! 空気読めよ!」

 和哉がいる事を忘れ捲くし立てた。

――が。
『なっ……?! 誰がイチャイチャ三昧だ!!』
「トモが自慢げに言ってたぞ! 俺だって和哉とイチャイチャしてーんだからもう邪魔すんなよ! 今だっていいとこだったのに!!!」
『やっぱりそうか、このケダモノっ! あのなぁ! 真剣な顔をしたお前が、真っ赤な顔した和哉と手を繋いで部屋に消えていったって、一部の女子が
キャーキャー騒いでんだぞ! 変な噂が立つ前に言い訳考えとけ! わかったか、ドスケベバカ!!』

負けずに早瀬も捲くし立て、そう言ってブツッと電話を一方的に切った。

「――え?」

最後の早瀬の言葉に、一瞬頭が真っ白になった。

――え、なんだそれ。だって男同士だし。部屋に連れ込んでもなんの問題も……あれ? え? 変な噂って――

 瞬時に双子の姉の顔が浮かんだ。
 
――アレか。あの種族か……。

 はぁ……、とため息を吐いた。 
 これはなんとかしないと、話が広がってしまう。
 アイツらの妄想力は俺の比じゃない。
  
「ねぇ、小木津……」

 うっかり考えこんでしまっていると、早瀬と電話をしている間に息使いと衣服の乱れを戻し、散らかった荷物もまとめた和哉が、どこか不安そうな顔で俺を見た。

「あ、携帯サンキュ……あと……ごめん。俺我慢できなくて……」

 あんなに盛り上がっていたのに、早瀬の妨害で急に居たたまれない空気になってしまった。
 さっきまで和哉が欲しくてガッチガチだった俺の下半身も、急速に萎んでいった。
 これは絶対早瀬のせいだ。
 電話を切った後だってやり直せるって思っていたのに。

「そ、それは……あの、もう……いいけど……あの、あのさ。それより今の話……どういう事? もしかして蓮、俺らの事……知ってんの?」

 顔を真っ赤にして携帯を受取りながら、和哉が不安いっぱいな震える声で聞いてきた。

「――あっ」

 そこでようやく、俺は自分の失言に気がついた。
 和哉がいる事を失念し、うっかり早瀬と電話口でバトってしまった。
 あれでは早瀬が俺らの事を知っている事が、和哉にバレても仕方ない。
 和哉は純粋なやつだから、ただでさえ照れ屋なのに、男同士でなんて特殊な関係をチームメイトに知られたら絶対ショックを受けるし、意識しておかしくなる可能性がある。
 だから絶対黙っていろと早瀬から言われていたし、俺もその方がいいと思っていた。
 だけど、これはもう誤魔化しが効かない。

「あ……あー……話は長くなるんだけどな……」

 ポリポリと頭を掻きながら、何かいい言葉はないかどう説明しようか頭をフル回転させる――が思いつくはずもなく。

「うん……俺らの事、知ってる」

 素直に頷いた。

「え……ええええぇ?!」

 俺の答えに一瞬にして和哉は耳まで真っ赤にさせた。

「なんで!! どうして?!」

 そして慌てて俺に寄ってきた。俺の腕を掴むその手と声が心なしか震えている。

「トモ経由」
「え――? トモさん? あ、そういえば蓮とも幼なじみって……」

 早瀬にそっちの件も口止めされていたが、こうなったら仕方ない。
 言っておかないとこのままでは和哉が一人可哀想過ぎる。
 もうすでに羞恥心で泣きそうになっているくらいだ。

「んー……実はさ、トモと早瀬、デキてんだよ。あ、ちなみにアイツらただいま絶賛ラブラブ同棲中で、毎日よろしくヤッてるんだとさ。だからアイツも俺らと同類。
そんな気にする事ないよ」

 そこまで言えば、和哉が感じる羞恥心も軽くなるだろうと思った。
 こうなったら早瀬も巻き込んでやる。

「え……? 蓮とトモさん……が? え、嘘ぉ?! だって……えぇ?」
「そんな事より……悪い、和哉。まずいことになった」
「――え?」

 さらに目を丸くしている和哉に、もう1つ――黙っていられない問題が起こっていた事を思い出し、再び俺は和哉に頭を下げた。

****

 その後、「なんだよそれ!! どーすんだよ!!」と憤怒する和哉に再度平謝りし、早瀬も小木津の部屋に呼び出すと、変な噂が広がらないよう知恵を借りた。
 そして「和哉が腹痛を訴えたので慌てて部屋に連れ込んだ」という偽装をすることにし、二人で大騒ぎして和哉を保健医の部屋に連れて行くなど、
壮大に一芝居打つはめになったのだが。
 おかげで翌朝、楽しみにしていた運動部員参加の早朝ランニング企画を欠席せざるを得なかった和哉の機嫌はとても悪く、また噂抑制の為だと、自由行動中なのに俺を極力避けた。
 急に避けたら逆に怪しく思うという俺の助言を信じず、和哉はずっと早瀬の隣から離れなかった。
 修学旅行最終日。
 俺の話を聞いてくれるやつは石岡か、前日に動物園で買った和哉似の猿のマスコットだけという虚しい結果。

 身から出た錆という事はわかっているけど、和哉から多大な信頼を得ている早瀬がやっぱりムカつく――ので、腹いせに女の子に囲まれて写真を撮られている早瀬を隠し撮りし、それをトモにメールで送ってやった。

 こんな修学旅行も、和哉の言う通りいい思い出になるのだろうか……。

 少なくとも俺は、しばらく思い出したくない――――。


・・・end

余談ですが、その『騒いでいた一部の女子たち』による、この二人の(部屋に連れ込んだ)その後の妄想本は、
どうやら後日発行されたそうです。
※写真を送られた後の朋久と蓮の話はこちら>>after
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