X'mas=Xデー?!
付き合い始めて初めて迎えるクリスマスにまつわるお話。
ケンカがこじれてぐちゃぐちゃしちゃいます。ちょっと長いです。
11月も最後の週に入ると、世間のクリスマス色は一気に強くなる。
喜多川駅に入っている駅ビルでもクリスマスセールが始まり、前日まで何もなく静かだった自宅の最寄り駅前も、いつの間にか白と青のイルミネーションで華やかに彩られていた。
――そして。
「ジングルベェル、ジングルベェル、すっずがぁ鳴るぅ〜」
「朋君あったわよ! 頭の星!」
「おー、これで完成ですね! よし点灯!」
「きゃー可愛い〜!」
例に漏れずここ早瀬宅でも、クリスマスを迎える準備が始まっていた。
「……何やってんの?」
部活を終えた蓮が帰宅すると、母の礼子と、幼なじみで居候兼恋人の朋久が、リビングの端で仲良くクリスマスツリーの飾り付けをしていた。
「何って見りゃわかんじゃん。お前んちすげー立派なツリーあんだなー」
カチカチと点滅を繰り返す、全長180cmもある大きなツリーを眺めながら朋久が言うと、
「クリスマスツリーなんて何年ぶりに出したかしらねー。オーナメントをどこにしまったのか忘れて、すごい探しちゃったわよー」
と、礼子が朋久と一緒に笑う。
たった五ヶ月の間に、すっかり二人は仲良くなっていた。
礼子は仕事柄毎日家に帰って来れるわけではないから、二人が顔を会わせるのは、一ヶ月に十回あるかないか。
いくら幼なじみだとは言っても、友達とその母親がここまで仲良くなれるものだろうか。
ツリーを見てキャッキャしている不思議な光景を眺めながら、蓮は首を傾げた。
自分の代わりに家事(蓮の世話)をやってくれる事に感謝をしながら、その要領の良さとノリのいい性格の朋久を、礼子はかなり気にっている。
クールで優等生タイプの蓮(息子)と真逆だから余計なのかもしれないけれど、何日か振りに帰って来た時に朋久がたまたま実家に帰っていたりすると
がっかりするくらいだ。
野球部がオフシーズンで忙しくないこの時期も、朋久が変わらず蓮の家で居候を続けていられるも、実は礼子の協力があったおかげだ。
そこは蓮もありがたく思っているが。
「蓮ってば面倒くさいって言って出さないのよー」
「こーんなでっかいツリーがあるのに?」
「もったいないでしょー?」
「……一人しかいないのに、クリスマスもなにもないだろ」
二人のはしゃぎっぷりに様子に呆れながら、蓮はそう言ってため息を吐くとソファに座った。
二人の仲が良いに越したことはないが、朋久と付き合っている事を隠している身としては、なんだかとても複雑な気持ちになる。
「おばさんはクリスマスもお仕事なんですか?」
「そーなの。毎年帰る気ではいるんだけど。ホラ年末でしょ? 宴会多いし寒いからその時期急患多くて」
「あ、そっかぁ」
毎年12月〜1月は医者である礼子の仕事が忙しくなる。救急搬送も増えるが、寒さで容態が急変する患者も少なくない。
ただでさえ激務になのに加え、この時期はそれが原因で礼子が帰ってくる日数が激減する。
蓮が中学に上がり今の職場に転職してから、クリスマスに礼子が家にいた事はない。日中は友達と遊んでいられても、帰ってくればいつも一人。
そんな部屋にクリスマスツリーなんて、飾る気が起きるわけがない。
「そうだよ。だからうちにはクリスマスは来ないの」
クリスマスなんて、外で雰囲気を味わえられれば十分だ。
だからクリスマスなんてそれほど特別でも好きなわけでもない。
「あ、イチローにもなんかコスプレさせちゃおうかな」
「やだ、可愛いかも! トナカイのと洋服とかあるかしら??」
――と、説明したはずなのに、礼子は蓮の話など聞いていないように、朋久と話を続けた。
「おい、無視かよ! てか、やめろよ。イチローまで巻き込むな!」
しかも愛猫まで巻き込もうと企む始末。
二人の怪しげな視線を感じたのか、のんびりソファで寝ていたイチローは突然起き上がると黙ってリビングを出て行ってしまった。
「もうそれはいいからさぁ、夕飯食べようよ」
愛猫が逃げるほど、クリスマスの話題に夢中になっている二人に蓮も呆れる。
「でも今年は朋君いるから蓮も寂しくないわねー」
「男二人でクリスマスって。余計寂しいだろ。なぁご飯――」
「もちろん! すげー楽しいクリスマスにしような、蓮♪ あ、プレゼント交換もしよう!」
「は?」
「いいなぁ、おばさんも混ざりたい〜。あ、うちでパーティでもしたら?」
「マジっすか。それ楽しそう」
蓮に声をかけてはいるようにみえて、礼子も朋久も蓮の「話」は綺麗にスルーし、二人で楽しそうに会話を続ける。
「でも、やっぱり初めてのクリスマスだし、蓮と二人っきりってのも捨てがたいなぁ〜」
しかし、朋久の発言の行方が怪しくなって来たところで、ぎょっとした蓮はいい加減切れた。
「ちょ、トモっ! もうクリスマスはいいからご飯!! 俺チョー腹減ってんだけど!!」
クリスマスよりも、口が軽い朋久がうっかり母親にしゃべってしまうのではないかという不安の方が気になる。
「はいはい。もう。うるさい子ねぇ」
楽しい時間を邪魔され、礼子がぷうっと頬を膨らませながらキッチンへ向かうと、
「な、な、蓮はケーキどれがいい?」
自分の失言に気が付いていない朋久は、ケーキ屋のカタログを広げながら嬉しそうに近寄ってきた。
「生クリームとチョコどっちが好き? 俺はさーこれがいいかなーって」
「……」
その笑顔にムカッと腹が立った蓮は、その緩みきった頬を両手で摘んで引っ張った。
「うちにクリスマスは来ないんだっつってんだろっ。俺はクリスマスなんで好きじゃねーんだよっ」
「い、痛いってっ。れんっ、痛、いっ」
「コラ蓮! 何朋君いじめてんの!」
キッチンから礼子が声を上げると、蓮はパッと手を離し、ほんのり赤くなった頬をさすっている朋久を一瞥した。
「……夕飯出来たら呼んで」
そしてそう言うと、二階の自室に向かった。
なんだか無性にイライラする。
――だから嫌いなんだ、クリスマスなんて。
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