昨日蓮が散々クリスマスに興味はないと言ったのに、朋久はちっともめげなかった。
それどころか、蓮の話を聞いて逆方向にベクトルが向いてしまったらしい。
「うーっす」
「あ! 蓮、おはよう! 俺絶対行くからね!」
翌朝、蓮が部室のドアを開けた途端、和哉が眩しいくらいの笑みで駆け寄ってきた。
「え、何? 何の事?」
和哉の笑みにつられ、首を傾げながら蓮も思わず笑みを返すと、
「クリスマスパーティだよ。俺さ、野球ばっかやってたから友達とそういうのするの初めてでさ。すっげー楽しみ!」
「え――?」
和哉の台詞に、笑顔が固まった。
瞬間、昨晩の礼子と朋久の会話を思いだし、嫌な予感が脳裏をよぎった。
「パーティ……って俺んチで?」
「うん。さっき石岡から聞いたよ。朋さん、ご馳走作るって張り切ってるんだってね」
恐る恐る問うと、和哉はキラキラした笑顔で答えた。
間違いはない。朋久の仕業だ。
「でもさー、俺でしょ、石岡と勝田とあと小木津と蓮、朋さんって言ったら6人だよ? 蓮の家広いんだねー」
「……そうきたか……」
手回しの早さと、機転の良さに呆れながらも感心した。
まさか朋久が石岡経由で和哉へ連絡するなんて、考えていなかった。
小木津に言ったところで、クリスマスを二人で過ごしたいだろうアイツは、この誘いをもみ消すに決まっている。
だから朝練組の石岡に連絡をしたに違いない。
そこからなら、小木津がいくら揉み消そうとしても和哉の耳に話が届く。
このルートを使う為に石岡と、あとついでにもう一人部外者をってことで勝田を誘ったに違いない。
和哉は「みんなで」何かをする事が好きだ。
この誘いに和哉が乗らないわけがない。
そして、自分は和哉の笑顔に弱い。
「あれ……蓮知らなかったの? え? もしかして朋さんが勝手に?」
「あ、いや。うん。そういう話はしてたんだけど、根回しが早いなって思って。うん。やるよ、パーティ」
蓮の様子がおかしい事に気がついて、笑顔が曇り出した和哉に、慌てて蓮は笑みを浮かべた。
「よかった。あ、俺にも手伝える事があったら言ってね」
蓮の答えにホッと胸をなで下ろすと、和哉はそう言って部室を出ていった。
「あんの野郎〜〜」
一人になると、蓮はブレザーのポケットから携帯電話を取り出すと、ワンプッシュで電話をかけた。
『はーい。どうした、れんれん。俺の声でも聞きたくなった?』
ワンコールで出た軽い声に、想像以上にイラッとした。
「おい、どういうことだよ。クリスマスパーティってなんだ」
静かな怒りが沸沸とこみ上げてくる。それでも感情を抑えて問いかけた。
『クリスマスにやるパーティ。正確にはイブだけど。おばさんからOKもらってるし、みんなでぱーっと騒ごうって思ってさ☆』
予想通りの答えに、抑えていた炎が一気に燃え上がった。
あんなにクリスマスを否定した昨日の今日で、なぜこんな考えになるのだろうか。
「何勝手に決めてんだよ! 石岡達まで巻き込んで何考えてんだよ!」
『だって蓮にもクリスマス楽しんで欲しかったんだもん。一緒に楽しもうよ。綾瀬君も喜んでたでしょ?』
「う……それは……」
和哉の話を出されて、思わず口ごもってしまった。
あの和哉の笑顔を見たら、中止になったとは言いづらい。
その話は間違いだと訂正するチャンスがあったのに、結局肯定してしまったのは誰でもない、蓮自身だ。
『心配すんなって。泊まりじゃないし、ちゃんと聖なる熱い夜を過ごす時間はたーーーぷりあるからさぁ〜』
「そ……んな事言ってねぇだろ!」
『ま、そーゆー事でよろしくな〜。あとでお前にも詳細メールしとくから。じゃーねー。愛してるよー』
終始朋久のペースを保たれ、そしてそそくさと電話を切られてしまった。
「お、おいっトモ! トモ!」
慌てて呼びかけるが、あの軽い声が返ってくるわけがなく。
「こーゆー時だけ頭の回転早ぇんだよな。あいつ……」
携帯を閉じ、蓮は言い負かされた悔しさに唇を尖らせた。
蓮の家に手伝いをすると言って居候を始める時も、朋久はいつの間にかすでに周りを固めていた。
そして断れない状況を作り、押し切る。
今回も同じだ。
確実に蓮の弱点を見抜いて根回しをした、朋久の作戦勝ちだった。
「仕方ないか……」
もうこうなったら諦めるしかない。
そもそも祭りの後の寂しさを感じるのが嫌いなだけで、友達と遊ぶことが嫌いなわけでも、家に人を呼ぶのが嫌なわけでもない。
「もう全部朋久任せでやってやるっ」
とりあえず、腹いせに家主とかそんな権利は放棄して、すべての準備と責任を朋久一人に押しつけて、自分は楽しんでやる、と決めた。
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