今日の朝練は肉体的と言うより、精神的に疲れた。
石岡にも「飲み物は石岡酒店(うち)に任せろ」と笑顔で言われ、すでにどうあがいてもパーティをやらざるを得ない状況が作られていた。
しかも、他の二年生部員もその話を聞いて参加したがり、半ば自棄になった蓮は、彼女がいない部員二名もついでに誘った。
どうせ全部朋久に押しつけるんだ。知ったことか。
パーティが終わった後、散乱した部屋の後片づけにてんてこまいになる朋久を想像して、蓮は少し気分がスッとした。
いつも散々朋久に振り回されているのだから、このくらいの仕返しは可愛い方だ。
「はぁー……」
しかし、朋久のせいで面倒な事に巻き込まれ、ずっとため息が絶えない。
お祭り好きな勝田なんて、ゲーム大会にしようとか、プレゼント交換しようとか、勝手な事ばかり言い、挙げ句それを蓮に主催者の朋久に伝えておいてくれと言われた。
朋久がしゃべったに違いない。
石岡は何故か蓮と朋久が一緒に住んでいる事を知っていて、参加する部員にそれを話していた。
そうなるともちろんそうなった経緯を聞きたがる。
幼なじみの同級生同士が一緒に住んでいるという特殊な状況に、好奇心が疼くのは当然のことだ。
蓮と朋久が恋人同士なのを知っている和哉の前で、好奇心で二人の関係を聞いてくる部員にその部分を隠しながら事情を説明するのが、どんなに恥ずかしかった事か。
「何で俺がこんな目に……」
ブツブツ言いながら蓮が上履きに履き替え、階段を上がると、
「おい、ちょっと待てコラ、早瀬」
D組の教室の前で小木津に呼び止められた。
――今度はコイツかよ……。
なんとなく嫌な予感はしていた。
小木津が黙っているはずはないと。
校舎はD組を手前にし奥に向かってC,B、Aと教室が並んでる。
なので、A組の蓮は必然的にD組の前を通る。
小木津はD組なので、もしかして待ち伏せされるかもと薄々予想はしていた。
なにせ、勝手に恋人である和哉のクリスマスイブの予定を押さえたのだから。
しかし、蓮には全く関係のない話だ。
「……何?」
ため息を吐きながら立ち止まると、乱暴に肩を組まれた。
「な、何すんだよっ」
思わずドキっとして言い返すと、
「こっちの台詞だ。クリスマスパーティってなんだよ。何勝手に和哉を誘ってんだよ」
和哉からパーティの話を聞いたのだろう。
周りに聞かれないようにこっそっと、しかし明らかに怒気を含んだ声で小木津が言った。
「知らねーよっ。トモが勝手に根回ししてたんだって。俺だって今朝和哉から聞いて知ったんだから」
蓮も声を抑えてそう答えると、小木津の腕を乱暴に振り払った。
「待てよ!」
しかし小木津は振り払ったその手を再び取り、さっさと歩き出そうとした蓮を引き留め、再び蓮に詰め寄った。
「俺はなぁ、今年のクリスマスは、和哉と二人ですごそうと、そりゃぁもう色々計画してたんだよ。仁美を必死に説得して、頭まで下げて家を空けさせたんだぞ。どーしてくれんだよ。全部パアじゃねーか」
小木津の気持ちは分かる。付き合って初めて迎えるクリスマス。小木津の天敵である双子の姉・仁美にまで頭を下げたというのだから、その気合いの入れようは理解できた。
しかしこれは朋久が勝手に決めて、勝手に話を広めた事だ。
自分に文句を言われても困る。
「だから文句ならトモに直接言えって。パーティ断ってお前の計画通り和哉を誘えばいいじゃねーか」
どうしても二人で過ごしたいなら、素直にそう言って和哉を誘えばいい。
和哉だって、小木津と一緒にいたいに決まってる。
――が。
「はぁ? 和哉の笑顔見たろ? あんなに楽しみにしてるのに言えるわけねーだろーが。お前が中止って言えよ!」
小木津も、和哉のあの嬉しそうな笑顔を曇らせたくないと、蓮にパーティを中止するよう押しつけた。
「俺だって嫌だよ!」
でも自分だって嫌だ。
だから和哉にパーティの事を言われた時、全部朋久が勝手に言っている事だと言えなかった。
否定できなかった。
「とにかく、俺は知らねーから。トモに直接言うか、自分で何とかしろよ。……泊まりじゃないし、なんなら上機嫌間違いなしの和哉をそのままお持ち帰りすりゃーいいだろ」
とにかく和哉の楽しみを奪う役なんてごめんだと、蓮はそう吐き捨てるように呟いた。
自分でもなんて事を口走っているんだと思ったが、これ以上小木津と一緒にいたくなかった。
話をさっさと切り上げたかった。
「そういう事だから。じゃ」
再度捕まれた腕を振り払い、小木津に背を向ける。
「おい、待てよ早瀬」
「なんだよ。俺は関係ないって言ってんだろ!」
いい加減にしてくれと苛立ちながら振り返ると、
「だったら和哉とのクリスマス奪った詫びに、俺に協力しろよ。恋人のした事なら、お前が代わりに責任取れ」
そう言って小木津が不敵に笑った。
「はぁ?!」
朋久のせいで降り掛かってきた蓮の受難は、これからが本番だった。
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