その日の夜、蓮の家で久々にバトルが勃発した。
「お前は何でいつもそうやって勝手に決めんだよっ!!」
「いってぇなぁ。なんだよ。だって、クリスマスは大勢で楽しみたいじゃんか」
もちろん原因は朋久が勝手に開催を決めたクリスマスパーティだ。
リビングでジングルベルを口ずさみながら、楽しそうにクリスマスケーキのカタログをたくさん床に広げている朋久の姿に思わずカチンときた蓮が、ソファの上にあるクッションを投げつけたところから始まった。
「だからってなんで石岡や和哉を巻き込む必要があんだよ! だったら一人で勝手にやればいいだろ! お前友達いっぱいいんだろーが!」
自分はクリスマスなんて好きじゃないとハッキリ言った。
大勢で賑やかにやりたければ、自分の友達で計画すればいい。
なのに、どうして朋久は今ほとんど繋がりのない石岡や、ましてや小木津の恋人である和哉まで巻き込もうとしたのか、蓮には全く理解できなかった。
そこまでしてクリスマスなんか楽しみたくない。
おかげでしなくていい面倒を負わされた。
「お前と一緒じゃないと話にならないじゃん。何言ってんだよ。あ、あぁ、なんだ蓮は俺と二人っきりがよかったのか!」
「ふざけんなっ!! そんな事言ってねーだろ!」
飄々と答える朋久に、蓮はもう一個のクッションを手にすると、バシバシと朋久に殴りつけた。
「ちょ、ちょっと蓮、落ち着けよ。だって相談したってお前絶対却下したろ? それに俺、おばさんからも頼まれてるんだって」
「――は? 母さんが? 何を?」
朋久の台詞に蓮は動きを止めると、訝しげに眉根を寄せ朋久を見下ろした。
蓮の動きが止まったのを確認すると、朋久は蓮が手にしているクッションをそっと取り上げ、それを抱きながらソファに座った。
「まずはちょっと落ち着いてさ。ここ座れよ」
蓮を落ち着かせようと、朋久が微笑みながらポンポンと隣のスペースを叩くが、
「いいから早く言えよ。母さんがお前に何を頼んだんだよ」
蓮は眉をしかめたまま、腕を組んで朋久の前に立ち見下ろす。
その頑なな態度に、朋久ははぁ〜と深くため息を吐くと、話を続けた。
「昨日……お前が二階に上がってる時、おばさんにさ。ずっと一人で寂しい思いさせてきたから、蓮と一緒に楽しいクリスマスを過ごして欲しいって言われたんだ。絶対嬉しいはずだからぱぁーっとやっちゃってってさ」
「なんだよ、それ……」
朋久の言葉に、蓮は目を丸くした。
あの時、下でそんな話をしていたなんて全く知らなかった。
そんな風に母親に思われていたなんて。
気づかれていたなんて。
寂しいなんて言葉にしたことはなかった。夜は確かに一人だけど、昼間は友達の家で遊んだりもしていた。
それなりにクリスマスを楽しんでいるつもりだった。そう見せていた。
ただ、家にその雰囲気を持ち込みたくなかっただけで――。
「俺もさ、お前に楽しんでもらいたいって思ったから、だからお前の友達集めたの。って言っても石岡と隼人たち位しかお前の友達知らねーから、なら野球部メンバーでいいかって。石岡に声かければ綾瀬君も来るじゃん? 俺綾瀬君にも会いたかったんだ」
そんな事を考えていた母親の気持ちと、それを即実行に移す朋久の行動力に驚かされた。
そしてそこまで自分のことを考えていてくれた二人に思わず感動してしまった。
――が。
「だ、だからって……。おかげで俺がどんだけ面倒に巻き込まれたと思ってんだよ。そうならそうと言えよ……バカ」
蓮は脱力するように朋久の隣に腰を落とした。
自分の為を思ってくれているのは嬉しいが、朋久はやり方が強引すぎる。
おかげでフォローが大変だった。
「お前が石岡に一緒に住んでることしゃべるから、事情説明させられるし、小木津にだって文句言われたんだぞ」
そして朋久が和哉を誘った事によって、一番関わりたくない小木津にも絡まれた。
「あー……俺にも隼人から電話あったよ。散々怒られた」
そう愚痴ると、朋久も罰が悪そうな顔をした。今朝の小木津の様子から考えると、当事者の朋久には、あれ以上の文句を言ったに違いない。
「それは自業自得だろ」
いい気味だと蓮は吐き捨てるが、
「隼人には悪いと思ったけどさ。でも俺にはお前を喜ばせる事の方が大事なんだもん。しゃーないじゃん。ちゃんと綾瀬君の予定を押さえていない、詰めが甘い隼人も悪い」
反省したかのように見えたのも一瞬で、朋久はすぐに態度を変え、しれっとそう言ってのけた。
母親同士が親友という事で、生まれた時から兄弟のように過ごしてきた朋久と小木津の間には、独特の空気がある。
元々遠慮のない関係だったが、蓮が密かに小木津を想っていたという経緯もあってか、最近は特に朋久は小木津に対して容赦がない。
それは嫉妬心からなのかもしれないが、小木津は朋久にとって面白くない存在でもあるらしい。
「お前なぁ……」
気持ちは分かるが、何も知らない小木津に蓮はほんの少し同情を覚えた。
呆れるように額に手を当てると、蓮は小さくため息を漏らした。
「だって俺さ」
「――何?」
不満そうに呟く朋久の方を何気なく振り向くと、
「どうしても今は一人じゃないんだって事、俺がそばにいる事、蓮に実感して欲しかったんだよ」
朋久はそう言ってふ、っと表情を緩ませた。
その台詞と表情に、思わずドキッと胸が鳴った。
「な、なに言ってんだよ……っ」
ハッとしてとっさに目を反らす。
普段はヘラヘラしてるからあまり感じないけれど、朋久はイケメンの部類に入るくらいの結構甘く綺麗な顔立ちをしている。
「寂しい思い出しかないクリスマスを、俺が変えてやるよ」
そんな顔でさらっとそういう台詞吐かれ、ときめかないわけがない。
「……言う事がくせぇんだよ、お前は……」
そう憎まれ口をたたいても、顔が勝手に赤くなっていく。
朋久も小木津に負けないくらいタラしだと思う。
天然の小木津と違って、朋久の場合は計算なのが多いが。
「だって本当のことだもん」
もちろんそんな朋久が蓮の動揺に気がつかないわけがなく。
蓮が完全に自分のペースにハマった事を察知した朋久は、にこにこしながらそのまま黙って蓮を見つめた。
朋久の視線が頬に刺さる。見られている事にドキドキする。
この先の展開が読めるのに、朋久の魂胆は見え見えなのに、蓮は席を立てなかった。
――ああ、ダメだ。
視線の誘惑に負けて蓮が朋久の方を見ると、朋久は軽く微笑み蓮の肩に手をかけた。
そしてそっと躯を引き寄せ、ゆっくりと唇を重ねた。
「ん……」
そのまま何度も角度変えながら、朋久はゆっくりと口づけを深く重ねていく。
「ん……っは、……んっ」
互いに舌を絡め合いながら、朋久にゆっくりとソファに押し倒された。
――あ、やば……。
このままだとここで始まってしまう。
学校から帰ってきたばかりだし、風呂も入ってないし、お腹も空いている。
しかもついさっきまで口論していたはずなのに、なんでこんな展開になっているんだ。ダメだ。早くやめさせないと。ヤダ。ここじゃヤダ――。
いつもは理性が働いて、こんな場所でなし崩しになんてさせないのに、今日は全然躯が言うことをきいてくれない。
「は……っ、ん……」
心の中でさんざん叫んでもそれは声にならず、躯の奥からどんどん湧き上がってくる熱に、結局蓮は最後まで抗がうことができなかった。
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