朋久のクリスマス騒動から一週間経った金曜日の夜。

「トモ。あの、明日……なんだけどさ」

 食事を終えた後、蓮が話を切り出すと、

「あ、そうだ! ごめん蓮。俺明日どうしても断れない用事出来ちゃったんだよ」

 朋久は蓮の言葉を遮って、顔の前で手を合わせた。
 明日は監督の都合で部活が午前中に終わるので、蓮は朋久とパーティの買い出しに行く約束をしていた。
 最初は朋久に全部押しつける気で手伝いなんかするもんかと思っていたが、その企画の真意を知ってしまうとそうも言えなくなってしまった。
 だから、買い出しくらいは手伝おうと言ったのだが。

「え? あーそうなんだ……」
「ホントごめん! 友達からどーしてもって言われて断れなくてさ」

 二人で買い物に行く事なんて今までなかったので、朋久はかなり明日を楽しみにしていた。
 それをキャンセルしなければならないくらいの用事なのだから、よっぽどの事なんだろう。

「まぁ別に間に合えばいいんだし、いつでもいいよ」
「ごめん。ホントごめん! な、来週は? いつも通り? 買い物行く時間ある?」
「いや、別に無理しなくていいって」

 ドタキャンを必死に謝りながら次回の約束を取り付けようとする朋久を前に、蓮は少し罪悪感で胸が痛くなった。
 先に言いだしたので朋久のドタキャン扱いにしてしまったが、実は蓮の方も明日の都合が悪くなりそれを謝ろうと思っていた。
 キャンセルすることで朋久が暴れるんじゃないかとか、何があるのかと詮索される事を心配していた蓮にとっては、願ったりかなったりなのだが。

「んー……まぁ買い物くらいいけるだろ」
「そっか。じゃ、来週に延期な!」
「お、おう」

 にっこり笑う朋久に、蓮は目を合わせることが出来なかった。
 自分の事を朋久に話さずに済んだことに、蓮がホッとしたわけ――それは。

「……よう」
「おう早瀬。お疲れー」
「別に……帰り道だし」
「おし、じゃー行くか」

 翌日、部活帰りの蓮を駅で待っていたのが、蓮と約束をしていたのが――小木津だからだった。

****

「うおー、すげぇいっぱいあるんだな」

 喜多川駅商店街のスポーツショップに行くと、目の前にずらーっと展示されている数々のバッティンググローブを前に、小木津は目を輝かせた。

「でも規則あるから、使えるのは白か黒一色のだけだぞ」
「マジで?! えーこんなにカッコイイのあるのに?」

 蓮が言うと、カラフルなデザインのグローブを指さしながら、小木津は口を尖らせ残念そうな声を上げた。
 その様子に思わず笑ってしまった。

「それでも結構種類あるから」
「おーほんとだ。色々ある」

 そんな小木津に、蓮が端の方にある学生用と書いてある棚を指すと、意外にたくさんあるデザインと種類にまた笑顔になった。

――なんで俺、こいつとこんなとこにいるんだろ……。

 一つ一つじっくり眺めている小木津を、不思議な気持ちで蓮が見ていると、

「で、どれがお勧め?」
 
 突然小木津が蓮の方を振り向いた。

「えっ?」

 不意に目が合い、思わずドキッとしてしまった。

「え? じゃねーよ。何のためにお前ここにいるんだよ。俺よくわかんねーんだから」
「あ、あぁ。えっと……和哉が今使ってるのはこれかな。試合用は多分これだと思う」

 呆れたような表情の小木津に、蓮は慌てて今和哉が使っているものデザインを教えた。

「練習と試合で分けてんの?」
「そ。練習のはまぁ、耐久性だけでいいけど、試合用は感触とか機能性も考えるし」
「ふ〜ん。そっかぁ」

 気持ちを落ち着かせて、いつも通りの対応をする。
 小木津が蓮に「朋久の代わりに協力しろ」と強要したのは、和哉へのプレゼント調査だった。
 あまり物を持っていない和哉なので調査自体は簡単で、すぐ候補はいくつか上がった。
 その中で蓮は「バッティンググローブ」を勧め、小木津も「和哉に野球グッズは鉄板だな!」と食いつきすぐに決まった。
 そこで蓮の役目は終わったはずだったのだが、小木津が野球素人なのを失念していた。
 「ついでに買い物に付き合え」と言われてしまったのだ。
 昨日の昼、突然。

「で、どっち買うの?」
「どっちも。両方くたってんならどっちも買うに決まってんだろ」
「あ、そう……」

 今和哉が使っているバッティンググローブは、練習用も試合用もシニアの時に使っていたものらしく、結構くたっていた。
 練習用に至ってはもう穴が開きそうな感じで、夏前に蓮のグローブに穴が開いてしまった時、和哉は「俺のもそろそろ危ないんだよね」と苦笑いを浮かべていた。
 だから小木津にも勧めたのだが。

「まずは白と黒どっちがいいか決めるか。う〜ん。どうすっかなぁ」
 
 色々商品を手に取っては、ブツブツ言って悩んでいる小木津を横目に見ながら、蓮は小さくため息を落とした。
 まさか小木津と二人で買い物に行くハメになるなんて。

「……」

 仲が良かった小学校時代でも、小木津と二人で遊んだことは一度もなかった。朋久と違って、小木津とはいつも朋久と3人で会っていた。
 だからかもしれない。
 慣れないからだ。
 変に緊張する。ドキドキして息苦しい。

――早く……帰りたい。

 もう蓮には小木津が好きだという気持ちはない。それは間違いない。未練もない。
 なのに、さきほどから朋久の笑顔がちらついて、落ち着かない。

「かといって同じの買ってもなぁ……う〜〜ん」
「なぁ……そんなに悩むなら普通に手袋とかにしたら?」

 手にした商品を眺めながら、しゃがみこんで悩んでいる小木津に蓮は思い切って声をかけた。

「これからの季節にちょうどいいしさ」

 普通の手袋も候補に入っていた。
 それにそもそも和哉は小木津からのプレゼントならなんだって喜ぶ。そんなヤツだ。

「えー? でもよー、バッティンググローブ(こっち)の方が、ずっと使ってもらえるじゃんか。しかも毎日」

 なのに、小木津はその提案には乗らなかった。

「……」

 蓮はもう一つため息を吐くと、

「和哉、手の甲で締めるタイプは合わないって言ってた。で、試合用は薄目がいいんだって。あと色は白が好き」

 自分の知っている情報を話した。
 小木津が自分で選んだ方がいいと思っていたので、聞かれるまで黙っていようと思っていたが、このままじゃいつまで経っても決まらない。
 とにかく早く買い物を終わらせて、帰りたかった。

「え? あー、そうなんだ」
「和哉の好みだと、試合用はコレとコレとコレ。で、練習用はこっからここまでがいいと思う」

 だから、自分の見立てでいくつかセレクトしたものを小木津の前に並べた。
 自分の好みも多少含まれるが、和哉が今使っている物と、チームメイトが使っているものに興味を示したものを参考にして。
 練習用の方は一般的な、長持ちすると評判のいい会社のシリーズをざっくりと。

「この中から予算とお前の好みで決めたら?」
「……お、おう! サンキュー!!」

 急にキビキビと動き出した蓮に一瞬呆気に取られていたが、蓮のアドバイスに小木津はホッとしたような笑顔を見せ、蓮がセレクトしたものの中から、
和哉へのプレゼントを選んだ。
>>6へ続く
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