「マジ助かったよ〜。サンキューな」

満面の笑みを浮かべながら、小木津は豪快にハンバーガーを頬張った。

「……いや、別に」

まぶしい小木津の笑顔に蓮は顔を伏せ、紙コップに入ったコーラをストローで吸う。

「これでクリスマスは完璧だぜ」

2、3本一緒まとめてポテトを口に運び、嬉しそうにもぐもぐと遅い昼食を取る小木津。

「よかったな……」

一方、蓮はため息を吐きながら、ゆっくりとハンバーガーをかじる。

――早く帰りたい……。

買い物を終えたらすぐ帰ろうと思っていたのに、無事に和哉へのプレゼントが決まったスッキリ感からか、蓮は上機嫌になった小木津に
駅前のファーストフード店に無理矢理ひっぱり込まれた。
やっぱり二人は慣れない。
周りにいる女子がこそこそと小木津を盗み見ている視線も落ち着かない要因でもあるが、妙に居心地が悪い。

「俺、もう帰――」
「コレさ、実はお前と一緒に選ぶっていうのがポイントでさ」

食べ終えたハンバーガーの包み紙をくしゃっと丸め、さっさと席を立とうと蓮が腰を浮かせると、突然小木津が照れくさそうにそんな事を言い出した。

「――は?」

中腰のまま体が固まる。
同時にドキっと胸が鳴った。

「いやさ、和哉がずっと俺らが仲悪いの気にしてるからさ。なんつーの? 俺もお前のことちゃんと知ろうって思って」

ふ、っと微笑みながらそう言うと、小木津もストローをすすりコーラを飲んだ。

「……なに、それ……」

力が抜け、浮いていた腰がストンと落ちた。

「トモも和哉もお前のこと好きだって言うしさぁ。今日だってなんだかんだ言って買い物付き合ってくれたろ? お前実はいい奴なのかなって最近そう思うんだ」
「……っ」

カァッと顔が赤くなる。
やっぱり昔から小木津は変わっていない。
あんなに悪態を吐いて、嫌われようとしたのに。
なんでそう言うことをさらっと言えてしまうのだろう。
もう好きだという気持ちはないのに、なんでこんなにドキドキしてしまうんだ。

――くそっ、この天然タラシっ

まだ未練があるのではと勘違いしそうになる。
蓮が焦ってストローを吸うと、ズズズ……と音が鳴った。
もうコップの中身は氷だけになっていた。

「ってことはさ、お前が俺に態度悪ぃのは俺が悪いのかもって思って。最近お前雰囲気変わったし、今なら教えてくれる? な、俺お前に何したの?」
――やっぱりコイツ苦手だ……。

小木津の素直な台詞に、蓮はドキドキして顔が上げられなかった。
そう言われてしまうと、嫌とは言えない。
買い物に付き合い、一緒にこうやってハンバーガーまで食べていて、今更嫌いだと悪態もつけない。
それに、それはこんな自分を「好きだ」と言ってくれている和哉にも申し訳ない。

「それは……」

仕方ないと覚悟を決め、蓮は口を開いた。
未だに苦手なのは変わらないけれど、小木津が応援団として野球部と接点を持つようになり、また和哉や朋久を通じてが絡みが増えた今、 蓮もずっとあの頃――中学時代の自分を謝りたいと思っていた。
一方的に小木津を避け、悪態を吐き、喧嘩をふっかけるような挑発的で幼稚な行為をしていた事を。

「あの時は……悪かった。お前に……ムカついてて……」

声が震えそうになるのを必死で堪えて、言った。

「だからぁ、俺のどこが悪かったんだって。それ言えっての」
「それは……」

あくまで理由を求める小木津に、蓮は一生懸命言葉を探した。
小木津は多分何も悪くない。単なる八つ当たりにすぎない。
勝手に小木津に恋心を抱いてしまっただけだ。 

「えーと……お前の、ヘラヘラ……してるとこが……」

だから付き合っている子がいるのに他の女の子にも誰隔てなく、しかも無自覚でいい顔をする小木津に腹が立ったと、そこを指摘した。

「は? じゃーなんでトモはOKなわけ?」

しかし蓮の答えを聞いて、小木津はさらに不満そうに口を尖らせた。

「え?」
「俺よりトモの方が常にヘラヘラしてるし、その上チャラチャラしてんじゃん」
「あ……あーいや……それは……」

朋久と小木津は違う。朋久も確かに小木津と同じように、誰にでもきさくで愛想がいい。
でも、朋久のそれは「チャラい」と言われるように計算もあるし、ちゃんと人を見て対応している。
でも小木津は天然なのだ。
相手が恋心を抱いてしまうような言動を、小木津は無自覚にごく自然に振る舞う。
そんな態度に、自分もドキドキさせられていたなんて、しかもいつの間にかうっかりタラされていたなんて言えるわけがない。
さらに、そんな小木津が女絡みで離婚した父親と被り、次第に腹を立てていたなんて。

「あ、お前トモと一番仲良かったもんな! もしかして俺とトモに嫉妬してたとか?」
「え?! いや! それは違――」

見当違いの小木津の回答に慌てて蓮が顔を上げる――と、小木津の後ろ――背後に見える販売カウンターで注文している客が目に留まり、蓮は言葉を飲んだ。

――トモ?

その後ろ姿が朋久にとてもよく似ていた。

「ん? どうした?」

蓮の様子を不思議に思い、後ろを向いた小木津も、

「あれ、トモ?」

そう呟くほどに。
時折見える横顔は、似ていると言うより朋久にしか見えなかった。髪の毛の隙間からちらっと見えるピアスも、朋久がいつもしているものと同じにように見える。

――間違いない、朋久だ。

喜多川駅前はファッションビルやカラオケ店などもあり、この周辺では一番にぎやかな場所だ。
ただ朋久を見かけただけだったら、珍しいことでもおかしいことでもない。
しかし――。

「あ……」

小木津がまずいものを見たと言うような声をあげ、蓮の顔をチラッと見た。
朋久は女の子二人と一緒だった。

「うわぁ……」

しかもその片方の女の子とは、蓮が目の前にいるのに小木津が思わずそう声を上げてしまうくらいに、イチャついていた。
彼女が、注文している朋久の腕に甘えているように絡み付き、もう一人の子はそれを見守る――朋久と彼女と、その友達――といった関係のような。

――なんだよ、あれ。

あまりの光景に、蓮は朋久から目が離せないでいた。
 困った顔をしながらも、朋久はそれを笑顔で受け入れている。
 蓮の目にはどう見ても彼女と朋久が友達には見えなかった。

――あれが友達?

 朋久は昨日「友達がどうしてもって頼んできて」と言っていた。
 しかし目の前の二人は彼氏と彼女――仲のいいカップルにしか見えない。
 しかも、朋久の腕には可愛らしいショップの紙袋が2つほど下がっている。
 彼女は自分のバック以外は手にしていないが、その友達が朋久の持っているのと同じ紙袋を下げていた。
 どれも女性もののショップらしいデザインのものだ。
 ということは一緒に買い物をしていたという事で。

――俺との約束以上の断れない頼みごとっていうのが……これなわけ?

「……早瀬?」
「あっ、あぁ悪い。そろそろ帰ろっか」

 小木津が恐る恐る声をかけると、蓮はハッとして答えた。

「お、おう」

 小木津に向けたことがない笑顔までうっかり取り繕って。
 朋久と今会いたくないと、蓮は焦っていた。

「っ!」

 しかしテーブルの上を片づけ腰を上げると、まさに最悪のタイミングでテーブルを探していた朋久とはち合わせてしまった。

「蓮っ?!」

 当然の事ながら、朋久は目を丸くした。
 そして、そのテーブルにの向かいに座っている小木津に気が付くと、ますます目を大きく見開いた。

「隼人!!」
「おう、久しぶり」

 苦笑いを浮かべ、小木津が手を軽くあげる。

「なんでお前らが一緒に――あ、綾瀬君も一緒?」

 朋久は和哉を探してキョロキョロするが、

「いや、俺らだけだよ。早瀬に買い物付き合ってもらってたから」

 小木津の言葉に顔色を変えた。

「二人で買い物?! え? なにそれ! 蓮、俺そんなの聞いてないけど!!」

 3人分の注文品が乗ったトレーを、ひっくり返しそうな勢いで、朋久は蓮に詰め寄った。

「……俺だって聞いてねぇよ……行こう、小木津」
 
 しかし蓮はそんな朋久から顔を背けそう呟くと朋久の横をすっと通り過ぎ、トレーを持ってダストボックスへ向かった。

「蓮!」
「こっちの台詞だって事だよ。お前こそ何してんの? 女とイチャイチャしてさ」

 蓮を追うように腰を上げた小木津が、蓮の言葉の意味を呆れた口調で朋久に伝えた。

「え?」
「ちょっと朋久、どうしたの? 友達?」

 先を進まない朋久に、先ほどの連れの女の子――朋久とくっ付いていた方の子がその後ろからのぞき込んだ。

「あ……いや、うんまぁ……」

 自分が女の子と一緒だったのを思い出したのか、途端に朋久はオドオドしだした。

「そーゆー事だよ。ちゃんと説明しないと修羅場だぞ。じゃーな、トモ」

 朋久の肩をポンと叩き、小木津も隣を通り過ぎようとした時、

「え?! うそ、やだぁ! キタ高の小木津君じゃない! 松戸君の友達なの?!」

 もう一人の子が小木津の顔を見て歓声を上げた。
 その声は、入り口近くのダストボックス前で小木津を待っていた蓮の耳にも届いた。
 思わず朋久の方を向く。

「え、何?」

 迷惑そうな顔をして小木津がその子を見ると、

「うわ、やっばい! マジチョーかっこいいんだけど! 親友の彼氏が小木津君の友達だなんて、チョーラッキーっ!」

 一人ではしゃぎだした。

――親友の……彼氏?

 その言葉に、蓮の眉間に皺が寄った。

「トモ。何、どういうこと?」
 
 その友達の発言に、朋久と蓮の関係を知る小木津も眉をしかめ、思わず朋久に詰め寄った。

「え、えっと、いや、あの」
「私、この子――松戸君の彼女の親友で、祐美って言います!」

 戸惑う朋久が答えるより早く、友達が小木津に自己紹介を始めた。
 丁寧に全員の関係性の説明を含めて。

「え?!」
「は?!」

 小木津と同じタイミングで、蓮も声を出していた。

――彼女? 朋久の……彼女?! 彼女ってどういう事だよ……。
 
 朋久と彼女を交互に見つめる。

「ちょ、あの蓮っ。これはあのっ違うんだよ!」
「朋久っ」

 慌てた朋久が蓮の元へ行こうと足を踏みだすが、彼女だという子が朋久の袖を掴んで止めた。

「いやっ、あの」

 朋久は慌てて捕まれた袖を外そうとするが、その様子も取り繕っている感じがして、蓮を一層イライラさせた。

「小木津! 先行くぞ!」

 そう言うと、蓮は先に店を出た。
>>7へ続く
Copyright (c) All rights reserved.