食器を集めていると、礼子の部屋から戻った朋久が戻ってきた。
「おばさん、ぐっすり寝てるよ。幸せそうな顔で」
「そっか」
朋久を意識し始めてしまった蓮は、視線を手元から反らさずそっけなく答えた。
「俺も手伝うよ」
「え、いいよ。お前一応今日の主役なんだから。先に風呂にでも入って――」
「いいって。気にすんなよ。一緒にやった方が早く終わるだろ」
うまく理由を付け朋久を遠ざけようとしたが、朋久はニコニコしながら一緒にテーブルの食器を集め始めた。
「……じゃぁ、洗ってるから食器持ってきて」
朋久は勘がいい。
近くにいたら意識しているのがバレてしまうと、蓮はそう言ってそそくさとキッチンに逃げた。
何も気づいていないのか、朋久は満面の笑みで「おう!」と答えると、鼻歌交じりに食器を片づけ始めた。
――気にするな。意識するな……大丈夫、大丈夫……。
「余っちゃったな、ケーキ」
心の中で念仏のように唱えながら食器を洗い、心の落ち着きを取り戻した頃、リビングで朋久が呟いた。
「なぁ蓮、どうする? これ」
振り向くと、蓮に見せるようにケーキの乗った皿を掲げた。
「もー3人しかいないのにホールなんて買うからだよ」
「でもすげー美味かったよ。ちゃんと"ともひさくんおめでとう”って入ってたし。そんなケーキ、久々に食べたよ〜」
蓮が呆れるようにため息を吐くと、朋久は苦笑いを浮かべ礼子をフォローするように言った。
「でも結構残っちゃったな〜。んーもったいないな」
蓮が部活を早退してまで買って来た、人気店のケーキ。
確かに美味しかった。評判通りに甘すぎず、上品な味だった。
しかし蓮たち3人で1ホールを食べるのは、少々大きすぎた。
甘いものが大好きな朋久なら食べられるだろうと思っていたが、ご馳走をたらふく食べた後だったせいか、思ったより食べられなかった。
礼子も蓮も8等分にしたケーキを1ピースずつしか食べられず、まだ半分近く残っている。
「俺は明日も食べられるけど……おばさん、食べるかな?」
「いや、食べられないと思うよ。あの様子じゃ明日ぐったりしてそうだもん」
蓮はそれほど甘いものが好きなわけではない。
二日連続でケーキは遠慮したい。
かといって朋久だけで後半分を食べきれるとは思えない。
捨てるしかないかなと諦めた時、ふと閃いた。
「トモ明日家持って帰れば?」
「家?」
「みーちゃん喜ぶんじゃない?」
「美波? あーそっか。あいつならペロリだろうな」
美波は朋久の3歳年下の妹で、小学校の頃は朋久と一緒に面倒も見ていた、一人っ子の蓮にとっても妹のような存在だ。
たまに朋久の様子を伺いに蓮の家に来ることもある。
「だろ?」
「じゃぁ明日持っていくよ。喜ぶだろうな、アイツ」
ケーキを元の箱にしまいながら、朋久はふふっとは笑みを零した。
中学3年生の美波は朋久と違い頭が良く、しっかりものの為、「生意気だ」「可愛くない」とよく愚痴る。
しかし、なんだかんだ言って妹を可愛いがっている。
そんな朋久に蓮も思わず笑みを浮かべると、再びシンクに向き直して、食器を洗い始めた。
「今日も呼べばよかったかな」
食器を洗いながら、リビングの朋久と会話をする。
――蓮はすっかり朋久への警戒を解いていた。
「あーあいつ蓮の事大好きだからな。俺の誕生日なんてそっちのけで喜んで来るんじゃね?」
「そんな事ねーよ。ちゃんと祝ってくれるって。来年は呼んであげようぜ」
だから、この台詞も、美波がいたらもっと楽しいかもしれないと思って軽い気持ちで言ったものだった。
その言葉に何の深い意味もない。
「――え?」
しかし、食器をキッチンまで運んできていた朋久は、蓮の言葉にピタッと足を止めた。
「来年もこんな風に祝ってくれるの?」
「どうせ来年もお前、家中のカレンダーに丸つけるだろーが。母さんも楽しそうだし、ま、たまにはいいんじゃね?」
じっと背中を見つめる朋久の視線に気づかず、蓮が言葉を続けていると、
「蓮……」
朋久は持っていた食器の山をカウンターに置いて、後ろから蓮を包み込むように抱きしめた。
「わっ」
驚いて洗っていたお皿を滑り落としてしまった。
泡の中に食器がガシャンと音を立てて落ちる。
「ちょ、なんだよっ。邪魔だよっ」
慌てて振り払おうとするが、朋久は蓮をしっかりと抱きしめ、離れない。
「と、トモッ」
「来年もここにいるんだ、俺……」
「はぁ? 何言って――」
言いかけて、朋久の言いたい事に気が付いた。
朋久は蓮が甲子園に行く為に、家事の手伝いに来てくれている。
今は高校3年――今年が最後の夏。
野球部を引退すれば、朋久がここにいる意味がなくなる。
それはつまり、この同居生活も終わりになると言うこと。
それなのに、つい「来年」の話をしてしまった。
朋久がまだこの家にいる前提で。
「それはいや、あの、つい」
「つい、でそんな事言っちゃうほど、蓮にとって俺って身近にいて自然な存在って事だよな。やべ、すっげぇ嬉しい」
「いや、それは――」
反論しようと思ったのに、口に出来ず言葉に詰まった。
確かにそうだ。
夏が終わるまでの期間限定だったことをすっかり忘れていた。
いつまでも、ずっと朋久と一緒に暮らしていくものだと、いつの間にかそう思いこんでいた。
「蓮……好きだよ」
返す言葉に詰まり蓮が何も言えないでいると、朋久はそう言って匂いを嗅ぐ様に首筋に顔を埋めた。
「んぁ……っ、ちょ、トモっ」
ぞわっと躯が震える。
瞬間、自分の言葉があれだけ警戒していた朋久のスイッチを押してしまったことを悟った。
慌てて振り解こうと暴れると、横を向いた瞬間に朋久に顎を捕まれ唇を塞がれた。
「ん――っ」
そしてすぐさま舌を絡まれる。
朋久の舌先が蓮のに触れると、躯がビクッと波を打った。
舌先が弱いのを知っている朋久は、蓮に逃げる隙を与えずすぐにその舌を吸い、自分の口腔内に引き入れるとチロチロと先端を刺激した。
「ん、んんーっ……」
舌が触れ合うだけで小刻みに震える躯。
鼓動が速くなり、頭がぼーっとしてくる。
「ね……いいでしょ。俺今すげー蓮が欲しい」
糸を引きながら唇が離れると、朋久は再び後ろから優しく蓮を抱きしめ、息を吹きかけながら耳元でそう囁いた。
「ね?」
そして追い打ちをかけるように肩にチュッと軽くキスをしすと、そこからずーっと耳裏まで舌を這わせた。
「んあっ……っ」
ゾクゾクと甘い痺れが全身を駆け抜ける。
「やっ……ちょっと……トモ……」
「蓮……蓮……」
優しく名前を呼びながら、朋久は耳や首筋にキスを落としていく。
流されそうになるのを必死で堪え、自分を拘束する朋久の手を解こうとするが次第に力が抜けていく。
「ふあっ……ぁ……」
思わず力が抜けたその一瞬――朋久はその瞬間を逃さず、すばやく蓮のTシャツの裾から中に左手を侵入させた。
「ちょ、トモっ。やっ……ダ、メだってっ」
拘束が解かれた左手で、慌てて朋久の手を押さえようとしたが、うまく力が入らない。
するすると上がっていくその行く先を阻めず、あっさりと左胸を摘まれると、躯が大きく波を打った。
「あ、んっ……ちょ……、お前っ……ヤメ、ろよっ。かあ、さんが……っ」
指先で胸を捏ねられ声と躯を震わせながらも、蓮は礼子がいることを理由に必死で抵抗する。
しかし――。
「それなら大丈夫。ドアに開けづらくなる仕掛けしといたから……ついでに開く時大きな音するようにも」
朋久は蓮のその言い訳を待ってたかのように、得意げにそう言い放った。
「な……っ」
「音がしたら止めるからさ。まぁあの様子じゃしばらく起きないから大丈夫だろうけどね」
そう言えば水を持ってただけにしては、戻ってくるのが遅かったような気がする。
自信満々に言う朋久の台詞に言葉を失った。
こういう時の朋久の手回しの良さを見くびっていた。
一度やると決めたら、朋久はまず回りをガッチリ固めるヤツだ。
――まさか最初からこのつもりで――?
「俺ちゃんと我慢しようと思ってたのにさ。お前ハンパなく煽るんだもん」
「んな事……っ」
「してる。照れながらプレゼントくれたり、急に素直になったり……さ。お前。俺がどんだけお前に夢中なのかわかってねーよ」
最初から蓮とするつもりだった朋久にとって、誕生日だからと素直になってやろうと思った事が、全て裏目に出ていたのだ。
しかし、それに今更気がづいても後の祭り。
「だって……誕生日だしって……思って……」
「そ。だから誕生日に蓮、ちょうだい。蓮だって本気で抵抗してないじゃん」
「そっ、それ、は……っ」
図星を突かれ、かぁっと顔が熱くなる。
今まで本気で抵抗する時は、蹴ったり殴ったりと全力でて拒否していたせいで、中途半端な抵抗は抵抗だと思われくなっていた。
事実、頭ではダメだと思っていても、躯は裏腹に朋久を求めている。
全力で抵抗が出来ず、そう葛藤しているうちにどんどん躯が火照ってきてしまう。
耳元で囁かれる声に、躯が痺れる。
「……ね、いいでしょ? 蓮が欲しいよ」
「――っ」
蓮のそんな気持ちを知ってか知らずか、朋久が優しく囁くと、ドキンと胸が大きく跳ねた。
いつもように「したい」とか「ヤりたい」とかじゃなく、「欲しい」と言ってくる言葉に、明らかな朋久の計算を感じる。
でもそうわかっているのに、何でだろう。
イヤだと言えない。
言おうとしても言葉を飲み込んでしまう。声が出ない。
この瞬間、今気が付いてしまった。
――朋久に求められる事が、好意を向けられる事が嬉しくて仕方ないんだ――と。
だから、その好意に出来るだけ応えたい、と思ってしまうのだ。
「わ、わかった……から。あの、へ……、部屋っ、2階、な? 2階行こ……」
母親がいる家で朋久と躯を重ねる事への抵抗感は消えないが、朋久を拒否する事も出来ない。
それに、今の朋久には何を言っても無駄だとも思える。
自分の気持ちを認めざるを得ない状況に、蓮は諦めて抵抗を止めた。
それでもなし崩しでここで始まるよりはと、2階の部屋に行こうと宥めるように言うが、
「ヤダ。せっかくだからここでしよ」
朋久は蓮の申し出をきっぱりと断った。
「なっ……?!」
思わず耳を疑った。
さすがに冗談じゃないと慌てて振り返り朋久を引き離そうとしたが、朋久の方がそれより早く、耳を甘噛みし舌先を差し入れた。
「今すぐにでも蓮が欲しいんだ。……我慢できない」
甘い刺激と甘い言葉に、反射的に躯が固まる。
「ん、ちょっ、トモっ……」
「蓮……好きだよ……」
再び胸を指で摘まれ、捏ね回され、ゾクゾクと躯が震えた。
「あぁっ、ちょ……あ、っ」
キスだけですでに熱を持ち始めていた下半身を朋久にジャージの上から撫でられ、堪らず声が上がった。
「ほら蓮のも、もうこんなに硬くなってるし」
手のひらでグリグリと押し、蓮の状態を確認しながらそういたずらっぽく呟くと、朋久はジャージの口の紐を手際よく解いて、胸をいじっていた手も使い、両手で一気にジャージをずり下げた。
「うわっ、ちょ、待っ」
慌ててズボンを引き戻そうとしたが、朋久の方が早かった。
あっと言う間に下半身が露出すると、朋久は素早く立ち上がり、再度後ろから蓮を拘束する。
そして背後から右手を回して、すでに上向いている蓮のものをきゅっと握った。
「ちょっ……あっ」
朋久は右手で蓮のものを上下に扱きながら、左手は再びTシャツの中に侵入して胸を攻める。
「あ、うっあぁ、……あっ」
頭の隅ではダメだ、嫌だと思っているのに、躯はどんどん刺激を求める。
「蓮ッ……」
「ん、あ……っん」
朋久がピッタリと背中に張り付いているので、荒くなっている朋久の息使いも耳を擽った。
もう逃げられない。
立っているのも辛いほど、力が抜けていく。
久しぶりなわけでも、溜まっていたわけでもない。
それなのに、もっともっと触って欲しいと躯が朋久を求める。
やばい、どうしようと、半分ぼーっとしている頭で考えていると、
「蓮……もうちょっと、さ……」
密着していた躯をふっと離して、朋久が蓮の腰を自分の方へ引き寄せた。
「え……何?」
「手はそこ突いたままでいいから。もう少し腰をこっちに……」
それがどういう意味を持つのか考える余裕もなく、朋久に促されるまま躯を動かすと、
「うっ、やば……っエロすぎる……」
背後で朋久が呟いた台詞でようやく、自分がしている格好に気が付いた。
「ちょっ!」
「あ、ダメっ!」
慌てて躯を起こそうとしたが、それを止めるように朋久が慌てて蓮の腰を掴むと、その腰にオリーブオイルをかけた。
「うあっ、な……何?!」
「オリーブオイルだよ。動いたら下に零れるからな」
「オ……?! なんでそんなっ……」
絶対最初から使うつもりだったに違いない。
いつもは今蓮が縋っているシンクの側の棚にあるソレが、朋久の手元にあるなんて不自然すぎる。
しかし昼間は礼子がずっとキッチンを使っていたはず。
「お前……いつ、から……」
「まぁまぁ。だってないと困るの蓮でしょ。あーこの腰からケツのライン、やっぱすげーエロい……」
「うっ、あぁっ」
朋久は笑って誤魔化すと、腰にかけられたオリーブオイルを塗り込むように躯を撫で回し、すっと双丘の谷間に指を滑り込ませた。
そしてすぐにその先にある蕾に長い指を差し入れた。
「ヤっ……やめっ……ふっ……あぁ……っ」
「やーだ。今更やめられるかっつーの。」
朋久は前で蓮のをしごきながら、後ろの入り口をオイルまみれの指でグリグリと広げる。
「うわぁ……マジこれエロすぎ。丸見えすげーコーフンする……」
こんな格好をしているだけで堪らなく恥ずかしい蓮を、わざとかそうでないのか、朋久はいちいちそう呟いてその羞恥心をさらに煽る。
「やっ……ト、モっ……おね、がいっ……あ、マジで、上に……っ」
「だからヤダって。俺ずっとシたかったんだもん、ココで。こうやって……」
恥ずかしさのあまり蓮が泣きそうな声で訴えるが、朋久は蓮を全く気にする事無く、中を蹂躙していた指をするっと抜くと、自分の欲望を突き挿れた。
「う、あぁっ!」
「蓮をっ、後ろから……っ」
「あっ、あっ、や、あぁ……」
水も出しっ放しのまま、朋久が蓮に腰を打ちつける。
「ンッ……んっ、……あ、んっ」
両手で腰を支えられ、ズン、と朋久に後ろから突かれる度、振動で躯が前に揺れ、蓮はいつの間にかシンクを抱えるような体制になっていた。
「蓮っ……ん、蓮っ……蓮っ」
「あ、んっ、んっ」
躯の奥を突かれる度に襲う快感と、時折腰を回しグリグリと中をかき回される刺激に膝がガクガクと震える。
万が一でも礼子に聞かれてしまわないようにと、声を上げないように握り拳を噛むように口元に寄せ、蓮は必死で声を押し殺すが、その姿がさらに朋久の興奮を誘っているようで、朋久はますます腰を打つスピードを上げていった。
「ん、んンっ! あ、んっ、あぁ」
「はっ、ん、蓮っ……蓮っ」
夢中で腰を打ちつけている朋久に、蓮もどんどん余裕がなくなっていく。
「あ、あぁっ! あ、あっ」
気がつくと、いつの間にか必死で押し殺していた声も上げていた。
「蓮、もう、俺……ッ」
そんな中、そう切ない声を上げて朋久が先に果て、追ってすぐに蓮も自分の精を吐き出した。