それ以降、修二は卒業まで圭吾を無視し続けた。
 悲しそうな顔をした圭吾が何か話しかけてこようとしても、修二はそれをかわし続け、一切口を利かなかった。
 そして卒業後の公立高校合格発表の日。
 既に無事野崎高校に合格していた修二は、寮生活になる為荷造りをしていた。

「修ちゃん」

 その修二の部屋に圭吾が来た。
 けんかをしている事を知らない母親が、圭吾が遊びに来たと勘違いし部屋に上げてしまったのだ。

「……何しに来たんだよ」

 いつの間にか入り口に立っていた圭吾に一瞬驚いたが、修二は圭吾から視線を外すと荷造りを再開した。
 今更なんだっていうんだ。

「俺……喜多川受かったよ」
「あ、そう」

 そんな事をわざわざ言いに来たのか、とカチンとした。

――お前ががどこの高校に行こうと、もうどうでもいい。俺には関係ない。
「で? それだけ? 俺忙しいんだけど」

 圭吾の顔は一切見ずに、作業を続ける。

「俺……頑張るから。絶対あの佐和さんとバッテリー組む。修ちゃんのような頼れるキャッチャーになれるよう頑張るよ」

 思わず手が止まった。
 勝手な事言うなと怒鳴りたい衝動を必死で抑え、段ボールに詰めていた私服をぎゅっと握った。

――そんな事言いながら、お前は「頼れるキャッチャー」である俺の側を離れる事を選んだんだぞ。ヘタレなお前を、ずっと支えてきた俺を……。

 シニアでいい成績を修める事が出来たのだって、すぐ弱気になる圭吾を必死で励まして、自信を付けさせて頑張らせた自分のおかげだ。。
 幼稚園のころからずっと修二の側にいた圭吾。出来ないことがあるとすぐ泣く圭吾を、修二が慰めたりもしていた。少年野球に一緒に入ろうと圭吾を誘ったのも修二だった。コントロールがいいからピッチャーやりなよ、と勧めたのも修二だ。

――俺がいないと何も出来ないくせに。
「だから……あの、今までありがとうって言いたくて……」
「……っ」
――なにがありがとうだ。ふざけんな。
――ムカつく。ムカつく。すっげーイライラする。

 それなのになんでこんなに泣きたい気持ちになるんだ。

「用はそれだけ? だったら邪魔だからもう帰れ」

 震えそうになる声を必死で堪え、修二はそれだけ言うと再び私服を詰め始めた。

「あー……うん。忙しいのにごめん。……じゃあね」

 頑なに自分の方を見ない修二に圭吾もいたたまれなくなったのか、それだけ言うとそっと部屋を出ていった。
 廊下で母と圭吾の短い会話の後、玄関が閉まる音がした。

「……っふざけんな!!」

 その音で抑えていた怒りが爆発し、手元にあった高校の教科書を部屋のドアに向かって、思い切り投げつけた。

「何がありがとうだ……っ」

 その言葉と同時に急に目が熱くなり、堪えきれず溢れたものが頬を伝ってこぼれた。
 洋服に雫の落ちた小さい染みが増える。

「ふざけんな……」

 絶対お前には負けない。俺が甲子園に行って喜多川に行った事、俺を捨てた事、絶対お前に後悔させてやる。

――何がなんでも甲子園に行ってやる……絶対負けねぇ!

 修二は強く拳を握ると、顔を上げ圭吾が去ったドアを見て、そう誓った。
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