良介に窘められ、それから修二は自主練をセーブし、良介と出来るだけ一緒にいるようにした。
 そして良介のことを少しずつ知っていった。

「ごちそーさまー」
「ちょっと待て良介」
「ん?」
「バレてんだよ。ちゃんと食え」

 そう言って良介の食器を持ち上げると、その裏に隠してあるピーマンと人参を暴く。

「えーもういいじゃんー」
「ダメだよ。ちゃんと食えよ」

 監督やコーチからも、しっかり栄養管理しているので寮の食事は残さず食べろと言われている。
 修二は特に好き嫌いがないので問題はないが、良介は結構な偏食家だった。
 入寮前に提出したアンケートで、個人の好き嫌いやアレルギーなどは寮の調理師に伝えられている。それを考慮した上で調理法も変えられ、良介のような野菜嫌いには、すべての野菜がみじん切り並に細かくされている。

「ヤマトってやっぱ真面目だよねー。別にさ、こんなのちょっと残したからってさ、問題ないと思うんだよ」

 それでも良介は細かく避けて、残す。
 他の選手は避けるのを諦めて食べてしまうというのに。

「だってせっかくさー」

 栄養師もいて、ちゃんと管理をしてくれているのにもったいないと修二は思うのだが、

「だって嫌いなんだもんー」

 良介はその一言で終わらせる。
 また食器を重ねて残した野菜を隠し、下げ膳に運んでいった。

「ごちそーさまでしたー」

 そして調理場に爽やかな笑顔を向け、足早に食堂を去る。

「はい。ありがとー」

 中にいる人もその笑みにつられて笑顔を返した。
 調理師はあの笑顔に騙されている。
 食堂を去る時には、良介は毎回かかさず調理場に笑顔と声をかけるのだ。そうんな風に調理場にまで声をかける人は少なく、素直に「偉いなー」と呟いた修二に、「そうやっておけば、食事を残した事がバレても悪い印象にならないでしょ」と良介はいたずらに笑った。
 その時修二は「こいつマジで大物だな」と思わず感心してしまった。
 それからも、良介は修二に色んな顔を見せてくれた。
 修二以外の同級生といる時は、時折おかしな勘違い発言をしたり、どこか抜けている部分があるのに、修二といる時は、逆によく気が付くしっかり者の良介だった。
 余りに正反対な性格に、不思議に思って聞いてみると「俺って尽くすタイプなんだよね」と笑って言われた。
 どうやら好きな人には世話を焼きたくなるらしい。
 それが修二だという。
 ふと、圭吾の事を思い出した。

――本当に圭吾とは正反対だな……。

 感情がすべて表に出てしまうと言っていいほど素直過ぎる圭吾は、嘘を吐くのが下手だった。マウンド上でも不安や動揺が顔に出るので、その都度何度も励ましに行った。
 良介なら、修二に心配かけたくないと思うだろうから、そういう心配は無さそうだが。

――でも、それに甘えちゃダメなんだよな。

 そういう良介だからこそ、こっちまで騙されては女房役失格だとも思う。

「修二早くしろよー。今週俺ら洗濯当番なんだぞ」

 一度ドアを閉めた良介が再びドアを開けて修二を呼ぶ。

「あ、そーだった!」

 良介に呼ばれ、慌てて残りのご飯をかき込んだ。
 一年が二部屋一組の持ち回りで、食事当番や風呂掃除などを寮の仕事を担当するのだが、今週は一番ハードな洗濯当番だった事を思い出した。

「今川島と福原に先に三年の回してもらってるから、二年生の回収してこよ」

 自分たちのだけでなく、先輩の物もすべて洗濯をするので、のんびりしていると、深夜まで洗濯機を回すことになる。

「おっけー」

 そこでも、良介はキビキビと動く。
 いろんな事において、たいてい良介が先に気づいて動いてくれるので、いつも修二の方が遅れをとるくらいだ。
 今までは兄貴面して圭吾の面倒を見ていた自分が、今は投手に言いように振り回されている。
 本当に昔とは何もかもが逆。
 投手を引っ張っていくのが捕手だと思っていた修二は、最初はこれでいいのかと戸惑ったけれど。

――日本一になるくらいのピッチャーなんだから、我が強いんだろうなー。

 そう思って、にこやかな笑みを浮かべ、時にはちょっと強引にわがままも押し通す良介に、修二は「仕方ないな」と従っていた。
 そしてこんな関係も悪くないと思っていた。
良介のお陰か、入学以来笑う事が少なく「クール」「真面目」と周囲に言われていた修二にも、少しずつ笑顔が戻ってきた。
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