「柏、なんかさっきっからキモいんだけど」
「え?」
「メレンゲ作りながらずーーっとニヤニヤしてる」
「え?マジ?」

 突然目の前の部長にそう指摘されて、豊は思わずボウルを支えていた手を頬に添えた。

「なんかイイコトでもあった? あ、もしかして彼女出来たとか?」

 部長の言葉に、側に部員達が一斉に豊を見る。

「何ぃ彼女ぉ?! いつの間に……あ! この前告ってきた子か!? あの砂女の! 断ったとか言ってたくせに!」
「砂女ぉ!?マジでか!!」
「羨ましいぃ〜〜! 俺も彼女欲しい〜〜!」
「柏、合コンだ、合コン! 彼女の友達紹介しろ!」

 料理部の数少ない男子部員が手を止め、豊の側に駆け寄ると一気に調理室が騒がしくなった。

「いやいやいやいや、違うから! 彼女とかいないし! あの子も断ったってば!」

 口々に勝手な理由を言い出して盛り上がっている部員達に、豊は慌てて否定する。
 一週間前、学校帰りに寄ったコンビニで豊は突然見知らぬ女の子に告白された。
 確かに可愛かったし結構好みの顔でもあったが、しかし知らない子とはいきなり付き合えない。
 だからその場は断ったのだが、相手がお嬢様学校で有名な砂川女子高ということで、しつこくそれをネタにからかわれていた。
 
「断ったぁ!? 結構かわいい子だったのに!?」
「うーわ。それはそれでなんか腹立つな」
「えーじゃぁなんでそんなニヤニヤしてるんだよ」
 
 それを否定したことによって、それなら何だと理由を問われるが、

「それはーーー秘密♪」
「はぁ?!なんだよそれムカつく」

 てへ☆と笑みを浮かべただけで、答えずに再びボールを抱えてメレンゲ作りを始めた。
 かわいい彼女が出来たわけでも、テストの点がよかったわけでもない。
 豊が上機嫌なのには別の理由があった。

****

「光くん!」

 駅前のコンビニ前でその姿を見かけると、豊は思い切って声をかけた。

「あ、柏先輩の……えっと、豊君」

 その子――光は豊を見て目を丸くした。

「覚えててくれたんだ。今帰り? お疲れー」
「うん。豊君も結構遅いんだね」
「え、あぁ、うん」

 本当は光の帰宅時間に合わせて学校を出てきた。
 他の部員も一緒らしいが、幸い光はコンビニ前で一人荷物番をしていたようだ。
 今なら邪魔が入らず話が出来る。
 ついてる!と心の中でガッツポーズをしながら、にこやかに微笑み会話を続けた。

「光君のうちってどこなの?電車?」
 
 さりげなく光から情報を引き出す。

「ここから30分くらいかかるんだ。**って駅」
「えー結構遠いじゃん!そこから通ってんの?」
「最初は大変だったけど、でももう慣れたよ」
「疲れてるのに大変だね」

 30分もかけて高校に通うなんて、ましてハードな練習が日常の野球部に所属で……と感心してしまった。
 自分の学校の野球部員にも遠くから通っている選手がいるが、「大変だな」としか思わなかった。
 それがなぜ光が言うだけで、感心とともにその健気さにきゅんとしてしまうのだろうか。
 
「あ! そうだ」

 光の不思議な魅力に惚けてしまいそうになり、慌てて本来の目的を思い出した。
 
「これ、今日部活で作ったんだ。疲れた時には甘いものがいいっていうし、あげる」

 今日、部員に冷やかされながら部活で作ったマドレーヌを光に差し出した。
 光にあげるためにいつもより丁寧に作り、ラッピングもしてきたのだ。

「え? そんな、いいよぉ。こんなお店みたいに可愛く作ってあるのに」

 店に並んでいるような可愛いラッピングのお菓子に驚いた光が慌てて断るが、

「いいって。食べてよ。甘いの嫌いじゃないよね?」

 豊はマドレーヌがいくつか入った袋を笑顔で押しつけた。

「うん……嫌いじゃないけど……いいの?」
「いいって。家に持って帰っても余るだけだし」
「……じゃぁ……ありがとう」

 光の押しつけに、光は少し躊躇った後遠慮がちに手に取った。

「わぁ美味しそう〜。お腹空いてるし、我慢できなくて電車の中で食べちゃうかも」

 しかし、袋の中を覗くと一転笑顔になった。

コレコレ、この笑顔ーーー!!

初めて光に会った日。
 家に帰ってからしばらく経っても、ふとした時に光を思い出しては、その度「可愛かったなぁ」と頬を緩ませていた。
 それでも豊はまさか自分が光に恋をしていると思っていなかった。
 いつもの「小さい子可愛い病」なんだと。
 それに加えて光が珍しく礼儀正しい、素直な子だったので、それが新鮮で無駄にトキメいているんだと。
 男子数が圧倒的に多い工業高校に通っているから、そんな些細な言動に惑わされるんだと。
しかし、数日経っても気持ちが落ちつく事はなく、逆に「再び会いたい」と思う気持ちが強くなっていった。
 いくら言い訳を並べても、光を恋しく思う気持ちはごまかせない。
 そしてどうしても会いたくて我慢できなくなった豊は、二人の関係を繋ぐ唯一の存在である兄に光の事をそれとなく聞いた。
 鈍感な上、佐和しか見ていない兄から得られた情報は、光が電車通学をしているという事のみだった。
 それでも駅を利用していることがわかった豊は、兄の帰宅時間から計算して数日駅前をうろついた。
 そしてようやく光に再会できたのだ。
 その時にも声をかけようか悩んだ。
 しかし他の野球部員も周りにいて、なかなか勇気が出なかった。
 こんな事は初めてだった。基本的に物怖じしない性格なのに、あの時はかなり躊躇った。
 だから気持ちを落ち着かせて万全の体制で声をかけようと思い、今日を決行の日に決めたのだった。

「喜んでもらえてよかった。あ、そうだ。ねぇメルアド教えてよ」

順調に光と会話を続ける豊は、ドキドキしながら今日の目的――本題に入った。
 野球をやっているわけではないし、学校も違う。繋がりは野球部の先輩が自分の兄だという事しかないけれど、しかしただの「部の先輩の弟」程度の関係では物足りなかった。
 豊はどうしても光と「友達」になりたかったのだ。

「え?」
「あ、いやっ、あのさ。あのこれからも部活で作ったお菓子、よかったら時々もらって欲しいなーって思って。メールするからさ、ここで待ち合わせしたり……したいなって」

 その口実として、得意のお菓子作りを使った。
 自分でも苦しい言い訳だなと思っていたが、

「うん、いいよ」

 光はあっさりとそう言うとカバンを漁り、中からスマートフォンを取り出した。

「へ?」

 上手く行き過ぎて一瞬驚いてしまったが、

「でも俺携帯の操作まだよくわかんないんだよね。どうすればいい?」
「あ、えっとねー」

 まだ扱いに慣れていない手つきで光に困った顔で訊ねられると、豊は慌ててポケットからスマートフォンを取り出した。
 高まる気持ちを抑えながら光の隣に並ぶ。

「……っ!」

 操作方法を教えようと一緒に画面を覗き込むと顔が思いの外接近して、豊の心拍数が跳ね上がった。
 荒くなりそうな息使いを必死に抑え平静を装いながら、一生懸命操作する光の横顔をチラ見する。

(やっぱり可愛いなぁ……)

 会いたかった光に会い少し言葉を交わして、改めて光にトキメいている自分の気持ちを確認した。
 同性の光相手に「まさか」と思っていた気持ち。


「部活以外の友達でアドレス入れたの豊君が初めてだよ。メル友だね。よろしくね」

 無事メールアドレスの交換を終え、そう言ってにこっと微笑む光に、

「う、うん、よろしく」

 思わずかあーっと顔を赤らめてしまった。


――あぁ、これは……この気持ちは紛れもない――恋だ。


>>3へ続く
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