キビキビと光の球を受けている圭吾、ストライクを取る度小さくガッツポーズをする光、そしてボテボテのショートゴロすら華麗に打球を処理する悠馬。
あっと言う間に相手の攻撃が終わった。
去年と全く違う喜多川高校のプレーに、豊はただ口を開けて眺めるだけだった。
金網の向こうにいるのは本当にあの情けない兄と、友達なのだろうかと疑いたくなるくらいだ。
「悠馬ってプレーもお前そっくりだなー。あそこお前がいるみたいだよ。顔も似てるからユニフォーム着てると特にそう思うよ」
ショートゴロで2回が終わり、ベンチに引き上げるナインを観ながら、小木津がしみじみと呟いた。
「悠馬は俺のプレー参考にしてるとこあるからね。元々ショートだし」
「へぇ〜、だからあんなに動きがきれいなんだ……」
ショートのポジションがはまっていたのはそのせいかと納得した。動きもきれいで無駄がない。
「でもやっぱ悠馬よりお前の方が巧いと思うぜ。第一お前のプレーには華がある。キラキラッて輝くんだよな。だからすっげーキレイだし」
――へ? 何言ってんの、この人っ?!
さりげなく言った小木津の台詞に、なぜか豊の顔が赤くなった。
華があるとか、輝いているだとかそんな恥ずかしい台詞をさらっと言える小木津に感心してしまった。
「なにそれ。お前いつもそんなこと言うけどさー」
和哉は小木津の言葉をそれほど気にしていないのか、ただ照れくさそうにふふ、と笑う。
「ほんとだって。キラッキラしてんの、お前は。そう思うとさ、悠馬はまだまだだな」
――……そんなことない。悠馬だって相当キレイなプレーだって。
小木津の台詞に赤面をしていた豊だったが、悠馬のプレーをまだまだだと言われて、ムッとした。
キレイだと思った悠馬のプレー。
悠馬の兄だし、自分の親友を誉めたいのはわかるが、その悠馬のプレーを否定されたみたいで、小木津の事をちょっと嫌いになった。
「悠馬は巧いよ」
そんな豊のイライラする気持ちを、実の兄である和哉が払拭してくれた。
「俺なんかよりずっとセンスあるし、ほんとあれが天才っていうんだなって思う」
ネクストバッターズサークルに座っている悠馬を、和哉はとても優しい目で眺めながら、しみじみとそう言った。
「悠馬にはすごい選手だよ」
しかしどこか寂しそうな声で、豊は思わずその横顔に見取れてしまった。
「でもま、さすがにショート(あそこ)で本職キャッチャーの悠馬に負けるわけにはいかねーし、まだ負けてねーけどな」
にやりと笑って言った。
「……」
――やべー。この人すげーかっこいい。
照れ隠しにも見える笑みは、まだ自分の方が上だと言い切れるその自信に満ちたものだった。
悠馬よりも優しそうな可愛らしい顔つきなのに、その時はとても男前に見えた。
「悠馬と光はリトルとシニア、両方で日本一を取ってるからね。高校でも絶対日本一取るよ」
弟の方が天才だと素直に認める素直さと、言葉の端々に覗く絶対の自信。
佐和や、多くの人が和哉に憧れるわけがわかった。
――この人、性格はすごく男前なんだろうな。
和哉のプレーをテレビで見たのは小学校の頃で、その時は単に「巧いなー」と思う程度だった。
今、改めて和哉のプレーを見てみたいと思った。
兄と幼なじみが楽しそうにプレーしている姿が羨ましくて、同じリトルチームに入り始めた野球。体格から自動的に捕手にさせられた。
幼なじみは捕手が一番面白いと言っていたので期待をしたが、考えることがたくさんあるし、ピッチャーだった兄とよく衝突した。
打撃はいい方だったから、面白くなかったわけではないけれど、兄たちほど楽めなくて、シニアには入らず野球を辞めた。
外で野球をやるよりも、キッチンでお菓子を作っている方がずっと面白かった。
だから自分には向いていないんだと、そう思っていた。
――野球……やりたい……かも。
でも今、楽しそうに試合をしてる兄や光、悠馬を見ていて、自分ももう一度野球をやってみたいと思ってしまった。
一緒にプレーすることは出来ないけれど、「野球をやっている仲間」に入りたいなと。
小木津絶賛の、悠馬がお手本にしているという和哉のプレーを見たら、きっと感動する。
そしてその勢いで野球を始めたいと、もっと強く思ってしまう気がした。
――なんて。今更何言ってんだって。
ふっと我に返って自嘲しながら自分につっこみを入れた。
野球をやりたくはなったけど、お菓子作りは辞めたくない。
柔道部やラクビー部に助っ人で入るのとはわけが違う。そんな中途半端な気持ちで野球部には入れない。
結局自分は野球をやる側ではないんだ。
本気で甲子園を目指しているチームと、なんとなくやりたくなっただけの自分では「仲間」になれない。
逆に野球に対する想いの差で、溝が出来てしまいそううな気がする。特に悠馬とは。
「悠馬ーーーーー!! かっとばせーーーー!!」
野球に対する迷いを吹っ飛ばすように、豊はバッターボックスに入った悠馬に向かって精一杯の大声を上げた。
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